アメリカン・エキスプレス
私が見たアメリカのホテル

アメリカの一流ホテルで日本人マネージャーとして10年間勤務した著者が、日々の仕事の中でふと目にしたシーンから、日米の文化的な違い、考え方の背景にあるものなどをつづります。 著者紹介はこちら>>

第191回

ホテルチップドワーカーの妬み

ホテルイメージ

現在、アメリカでも、カード情報が盗まれることを防ぐ、タッチ式のクレジットカードが一般化している。さらに、カードの記録をスマートフォンに登録し、スマートフォンをタッチさせることで支払いを済ませる方式が主流になってきた。ほとんどのレストランでは、チップを含めた額をクレジットカードで支払うようになり、日々の生活で現金が必要とされる場所は減少した。ホテルで現金が必要とされるのは、ドアマン、ベルマン、ハウスキーパーのチップのみ。

1950年にダイナースクラブが誕生し、1959年にアメリカンエキスプレスカードが発行された。1966年には、マスターカードの前身にあたるインターバンクカードが登場し、後にリボルビング払いを取り入れた。当時、クレジットカードの浸透はチップを受け取るチップドワーカーにとって脅威だった。人々が現金をもち歩かなくなれば、チップは払ってもらえなくなる。だが、どれほど彼らが大きな反感を持とうとも、クレジットカードの浸透を止めることはできない。策として、チップを含めた額をカードで払えるようにし、カードを通して払われたチップを会社が集めた後に、勤続年数に基づく分配を行う手法を取り入れた。さらに、大きな組織では、源泉徴収も行うようになり、チップが課税対象となったことで、手取りは著しく目減りした。

現金でチップを受け取るベルマン、ドアマン、ハウスキーパーたちもレストランの手法に従い、全て会社に提出し、源泉徴収を受けることになった。提出を怠れば犯罪行為となるので、注意をしなければならない。だが、本来、チップの旨味は現金収入のため、収入として申告せずに課税対象から逃れられるというところにある。(申告は義務だが・・・)その旨味は、クレジットカードの出現という時代の波により消え去った。

他方、レストランでは多数の例外が存在する。予約の取れない超人気レストランの中には、現金のみでビジネスをしているところがある。それでも利用客がたくさん来るから、スタッフの収入の足かせとなるクレジットカードを受ける必要はないという判断が成り立つ。また、中小の店では、最低労働賃金を下げて、チップで補うところが多い。例えば、ニューヨークの最低賃金の時給15ドルを12ドルにし、チップを分配する。チップが3ドル以上あり、時給が15ドルに達する場合は、このやり方は合法となる。分配されたチップをスタッフが申告するか否かは本人次第。こうした手法を採用することで、チップの旨味を残しているレストランはたくさんある。

国税庁がどれほど策を凝らしたところで、チップの課税は穴だらけ。だが、チップは世の中を巡るマネーサプライを増やし、アメリカの景気を大きく支えている大切な制度。課税困難といえど、これをなくすことは国益に反することになる。レストランのチップドワーカーが涼しい顔で、チップの旨味を享受していることを妬むホテルのチップドワーカーは少なくない。

2023.10.31公開

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奥谷啓介氏

著者:奥谷 啓介

1960年東京都生まれ。ウエステインスタンフォード&プラザシンガポール、ハイアットリージェンシーサイパン等勤務の後、1994年よりニューヨークのプラザホテルに就職。2005年プラザホテルの閉館に伴い退職。現在はニューヨークにてホテルコンサルタントを、また2023年6月からは長年の夢であった小説家としてデビュー。ホテルマンの経験を活かし多方面で活躍中。

・奥谷 啓介オフィシャルサイト

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