アメリカン・エキスプレス
私が見たアメリカのホテル

アメリカの一流ホテルで日本人マネージャーとして10年間勤務した著者が、日々の仕事の中でふと目にしたシーンから、日米の文化的な違い、考え方の背景にあるものなどをつづります。 著者紹介はこちら>>

第64回

ベルマンのチップ

ホテルイメージ

Loews Philadelphia Hotel

ニューヨーク、ブルックリンの街、ウイリアムズバーグに1887年にオープンして以来、押しも押されぬ存在となっているステーキハウスがある。その名をピータールーガーという。125年を経た雰囲気も素晴らしければ、ステーキの質も抜群。さらに、ピータールーガーブランドの赤ワインも肉によくあっていた。

食事をしていて、私が働いたプラザホテルとの類似点に気が付いた。ウエイターが皆、とても年配な人ということ。

いつも満杯で予約がとれず、1人あたり平均150ドル以上する店となると、チップで儲ける金額がとても多くなる。1人から30ドルのチップを得たとして、一晩で20人を担当すれば、600ドル。20日働いたとして12000ドル。年収にして、144000ドル。

こうしたレストランのウエイター&ウエイトレスの年収はとてもいい。だから、誰も辞めなくなる。結果、老舗となれば、働いているスタッフは勤続年数が40年などという人ばかりとなり、年配スタッフの集まりとなる。

プラザにある大型レストランとなれば、少しは入れ替わりがある。50年前は、ウエイターばかりであったのが、女性の社会進出が始まり、ウエイトレスが加わった。ウエイトレスも辞めないから若い人はまずいない。高額な収入をえてみな楽しく暮らしている。

そんな中、ホテルで言えば、時代の変遷とともに、そうした高給が崩れる部署がでてきた。ベルマンがその例だ。50年前、プラザに宿泊したゲストは大富豪ばかり。荷物を運ぶベルマンのチップもとてもよかった。私が働いていたときに、彼らから聞いた話では、先輩のベルマンの多くは、リゾート地に別荘とヨットを持ち豪華な生活を楽しんでいたそうだ。

だが、庶民でもプラザに泊まる時代が訪れた。レストランのように、使った金額の15%以上という線があれば、チップにも保証が保たれる。だが、ベルマンのチップとなれば、人は気分で払うから金額はとても小さくなることもある。結果、昔のような高給取りではいられなくなってしまった。

現在、ニューヨークのベルマンが期待するチップは、荷物1個について3ドル程度。旅行会社が代行して払う契約書には、そうした金額が記載される。人によっては、“それは高すぎる”と言う。だが、「ウエイターが小さなお皿を運んで、あれだけのチップを取るんだから、3ドルは当たり前だろう」というのが彼らの訴え。そう聞けば、確かに荷物1個につき3ドルは安い。

4人家族で3個の荷物を持っていれば、ホテルに入る際に払うチップは、ドアマンに3~5ドル。ベルマンには9ドル、合計で12~14ドル。私は、ホテルに到着する前に、チップを払う小さな札があるかを確認する。なければ、売店でなにかを買って、小さな札をつくる。その時間がないときは、ドアマンからおつりをもらうことにしている。

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奥谷啓介氏

著者:奥谷 啓介

1960年東京都生まれ。ウエステインスタンフォード&プラザシンガポール、ハイアットリージェンシーサイパン等勤務の後、1994年よりニューヨークのプラザホテルに就職。2005年プラザホテルの閉館に伴い退職。現在はニューヨークにてホテルコンサルタントを、また2023年6月からは長年の夢であった小説家としてデビュー。ホテルマンの経験を活かし多方面で活躍中。

・奥谷 啓介オフィシャルサイト

<著者紹介>

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