アメリカン・エキスプレス
私が見たアメリカのホテル

アメリカの一流ホテルで日本人マネージャーとして10年間勤務した著者が、日々の仕事の中でふと目にしたシーンから、日米の文化的な違い、考え方の背景にあるものなどをつづります。 著者紹介はこちら>>

第167回

人権とホテル

ホテルイメージ

私がニューヨークに来た1994年当初、フロントは「クイーンサイズベッドの部屋に男性二人で泊まることはできません」などという説明をすることが当たり前だった。今時、そのようなことを言ったら人権問題となり、ただごとではすまなくなる。この25年間で、人権をより深く考えるようになり、社会は大きく変わった。

生命、自由、幸せを追求すること。この3つを守ることがアメリカ憲法の基本事項。突き詰めていけば、「憲法と法律を守り、社会と他人に迷惑をかけない限り、なにをしてもいい自由が与えられている」という論となり、同姓婚が認められるのは当たり前のことだった。

1787年に憲法が設定されたときから、人権の保護はあったが、深く掘り下げられるまでには気が遠くなるほどの時間を要した。今でさえ、人権を無視した考え方を持つ人がいて、時には、そうした人が州知事となり、人権を無視した州法をつくる。そして、アメリカ国内でデモが起こったり、州政府と連邦政府が戦ったりという事態が起きている。

だが、こうした混乱が、憲法と法律に基づいた行動を促し、立場の違いによる正義のねじれが生まれることを防ぐことにもつながった。ホテルで言うなら、ゲストであろうとスタッフであろうと、人間である以上平等であり、双方ともに人権を無視した行動をすることは許されない。もう30年以上も前のことになるが、プラザホテルの総支配人が、3個ある荷物の1個を運び損ねたベルマンを怒鳴ったゲストに、「そのような態度を取る人はお引き取りください」と言って、出て行ってもらったことがある。今なら、「お引き取りください」どころでなく、「訴えます」となるだろう。

ホテルマンは憲法と法律に精通し、善悪を見極める知識を持っておくことが必要とされる。そして、必要なときには「あなたは法律違反、あるいは人権侵害となる言動をしている」と説明し、悪事を横行させない戦いをしなければならない。それができなければ、リーダーにはなれず出世はできない。

以前はアメリカにも「お客様は王様です」などという考えがあり、利益を求めるがばかりに、理不尽な態度をとるゲストにもこびへつらう姿勢があった。だが、より深く人権を考える世界に変わってきたことで、これも変わった。もはや、誰もが人権を無視するような言動を取ることは許されず、すれば罰せられることになる。

人権に向き合う姿勢とスピードは国によって異なる。日本を例に挙げるなら、平和な社会ゆえ、人権を深く考える機会が多く存在してこなかった。そのため、国民性として人権に無関心な傾向が強く、人権侵害的な事も頻繁に起こっている。それがアメリカまでニュースとなり流れてきて驚かれている。国民意識が変わり、なにごとに於いても人権侵害を起こさない、起こさせないという考えが確立されるまでにはまだ時間がかかるだろう。

2021.10.21公開

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奥谷啓介氏

著者:奥谷 啓介

1960年東京都生まれ。ウエステインスタンフォード&プラザシンガポール、ハイアットリージェンシーサイパン等勤務の後、1994年よりニューヨークのプラザホテルに就職。2005年プラザホテルの閉館に伴い退職。現在はニューヨークにてホテルコンサルタントを、また2023年6月からは長年の夢であった小説家としてデビュー。ホテルマンの経験を活かし多方面で活躍中。

・奥谷 啓介オフィシャルサイト

<著者紹介>

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超一流の働き方

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なぜ「お客様は神様です」では一流と呼ばれないのか

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