アメリカン・エキスプレス
私が見たアメリカのホテル

アメリカの一流ホテルで日本人マネージャーとして10年間勤務した著者が、日々の仕事の中でふと目にしたシーンから、日米の文化的な違い、考え方の背景にあるものなどをつづります。 著者紹介はこちら>>

第178回

いい職場をつくりだすシステム

ホテルイメージ

ニューヨークのホテルで働いていたとき、日本では見られない、システムに感銘を受けたことがいくつもあった。その代表的なものを挙げてみたいと思う。まずチップの分配方法。チップはゲストによって払う額が違ってくるから、どのスタッフがどれだけの額を受け取ったのかを見えない状態にしておくのはフェアーではない。アラブの石油王などが莫大な額を渡すことがあるからだ。よって、受け取ったチップは全て集められ、勤続年数の長い者順に多くの額を受ける方法で分配される。その際に、源泉徴収も行い、脱税ができないようにしてある。

チップを論じるとき、よくハウスキーパーのことが話題になる。ひと部屋掃除するのに25分かけ、8時間働いたとしても、1日に清掃できる部屋は19部屋。ひと部屋から2ドルのチップを得たとしても、40ドル足らず。ドアマン、ベルマン、ウエイターなどと比べると、額が少ない。その分、基本給が高くなっている。 例外的な話しとして、私が働いていた営業部で、ディプロマティック(外交)を担当していた営業マンが「こんなものを貰った!」と、喜んでダイアモンド入りのローレックスを皆に見せたことがあった。中東の王様からのギフトだった。営業マンに配られるチップは日常的なものではないため、公平性を保つシステムはない。まして、ギフトとなれば、分けることもできないから、こればかりは仕方がない。だが、担当する市場によっては、相当の額を受け取るマネージャーがいてもおかしくないと思った。

人の資質を吟味するシステムもある。毎年1回アンケート調査が行われた。その中で、態度が悪い人物を告発することができる。人事部が公平な視点で見て、あきらかに、多くのスタッフから苦情が上がっている人材については、まず個人的に警告がなされ、改善されない場合はレイオフを行う。もちろん上司にも当てはまる。殊に、下の者が上司に抱く不満は多くが報告される。下から不満を持たれている上司はスタッフの労働意欲を低下させ、会社に不利益な存在となるため、対応はより厳しいものになる。従って、上のポジションにつく者は、下から尊敬される態度を取り続けなくてはならない。人間性の素晴らしさに加え、仕事ができるという二つのことが要求されるから楽ではない。

私が働いている10年の間に、高いポジションで入ってきた人で、「この人はおかしい」と感じるところがあった人物は、いつの間にか消えていた。経緯を調べると、全員が下からの告発にあい、解雇されていたのだ。総支配人とて例外ではなかった。こうしたシステムを見ながら、ここまでやらないといい職場はできあがらないのだと、つくづく感心させられたものだった。

2022.9.16公開

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奥谷啓介氏

著者:奥谷 啓介

1960年東京都生まれ。ウエステインスタンフォード&プラザシンガポール、ハイアットリージェンシーサイパン等勤務の後、1994年よりニューヨークのプラザホテルに就職。2005年プラザホテルの閉館に伴い退職。現在はニューヨークにてホテルコンサルタントを、また2023年6月からは長年の夢であった小説家としてデビュー。ホテルマンの経験を活かし多方面で活躍中。

・奥谷 啓介オフィシャルサイト

<著者紹介>

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