アメリカン・エキスプレス
私が見たアメリカのホテル

アメリカの一流ホテルで日本人マネージャーとして10年間勤務した著者が、日々の仕事の中でふと目にしたシーンから、日米の文化的な違い、考え方の背景にあるものなどをつづります。 著者紹介はこちら>>

第171回

ビジネスにおける最期の切り札

ホテルイメージ

もう40年も前のことになる。大学を卒業するとき、私は英語があまりできなかった。にもかかわらず、高校時代、受験の英語ができたことから、自分は英語ができると勘違いをしていた。ウエスティンホテルズに入るときに受けた面接では、「英語には自信があります」と言い張った。もちろん、アメリカの会社に入るのに、「英語は苦手です」などと言えば結果は見えている。だが、私は勘違をしていて、不適な笑みを浮かべながら「自信があります」と言ったのだった。

1週間程度で結果を報せるからといわれたにもかかわらず、合否はこなかった。勝気な私は怒って、英語で手紙を出すことにした。そのときは、自分の知識に頼らず、本を見ながら、ああでもないこうでもないと、書き直しながら仕上げた。手紙を出した翌週、電話がかかってきた。「もう一度、面接に来なさい」。

入社後、飲みに行った席で、上司から「あのときは・・」という話を聞いた。実は、私は英語の力が足りずに落ちていた。留学経験のある学生が決まり、その翌日からその人は働かされることになった。だが、1週間すると、辞表を持ってきたという。就職が決まり、多くの学生が卒業旅行を楽しんでいるというときに、「アメリカの会社だから、採用が決まった翌日から働いてもらう」と言われたら、辞めたくなるのも無理はない。「さて困った」となった正にその日に、私の手紙が届き、読んでみると、パーフェクトな英語だったという。

それ以来、「神が操作してくれる偶然の力」を求めて、突破できない難関があると、私は手紙を使うことにしてきた。「最善を尽くした。もうあきらめよう」と思うときに、最後にもう一つだけ行ってみる切り札だ。アメリカの会社の場合には、社長が返事をしてくるところが多い。その背景にあるものは、問い合わせには、恐らくは、会社の代表である社長が返事をすることがより良い結果を招くという統計に基づいた行動だろう。もう一つは、会社にとって有益な人材や提案を絶えず探し続けているということが挙げられる。

卒業したら、海外で暮らそうと思ったこと。ニューヨークのプラザホテルを見たとき、将来はこのホテルで働きたいと思ったこと。どちらも神が操作してくれた偶然の力によって実現したことだった。よくもこれだけ運に恵まれたものだと振り返りながら、「あそこであきらめなくて良かった」と胸をなでおろす人生でもある。

2022.2.21公開

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奥谷啓介氏

著者:奥谷 啓介

1960年東京都生まれ。ウエステインスタンフォード&プラザシンガポール、ハイアットリージェンシーサイパン等勤務の後、1994年よりニューヨークのプラザホテルに就職。2005年プラザホテルの閉館に伴い退職。現在はニューヨークにてホテルコンサルタントを、また2023年6月からは長年の夢であった小説家としてデビュー。ホテルマンの経験を活かし多方面で活躍中。

・奥谷 啓介オフィシャルサイト

<著者紹介>

・超一流の働き方

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