アメリカン・エキスプレス
私が見たアメリカのホテル

アメリカの一流ホテルで日本人マネージャーとして10年間勤務した著者が、日々の仕事の中でふと目にしたシーンから、日米の文化的な違い、考え方の背景にあるものなどをつづります。 著者紹介はこちら>>

第166回

同時多発テロ以後のホテル業界

ホテルイメージ

同時多発テロが起きたとき、私は国連本部に向かう途中だった。勤務先のプラザホテルからタクシーに乗りフィスアベニューに出たとき、前方に見えたものは、真っ青な空を背景に膨大な白い煙を噴出するワールドトレードセンターの姿だった。あれから20年。アメリカ社会では、定期的にホテル業界に打撃を与える事態が続いた。

私がプラザホテルでのポジションをつかんだのは1994年11月のこと。ビザが取れ、ホテルに到着したのが12月上旬。当初から、私が恐れていたことは、レイオフになること。こちらの雇用制度では、朝、突然、呼び出され「今日で仕事を終わりにしてもらうから、荷物をまとめて17時になったらオフィスを出なさい」と言われる。この爆弾が自分に落ちないことを祈りながら、私は10年間、仕事を続けた。それは、ホテル業界が打撃を受けるような社会現象が起こらないことを祈る日々でもあった。

同時多発テロが起きるまでの6年間は、インターネットバブルに向かう過渡期にあり、アメリカ経済はとても好調だった。日本からのビジネスも、バブル経済崩壊後ではあったが、高齢富裕層の観光客数が異常に伸びている時で、1千万円もする世界一周クルーズが数日で完売となっていた。プラザホテルは彼らを受け入れるのに適していたため、私はその波に乗った。だが、同時多発テロにより、完璧なまでにその波は潰された。

もがいている間に、住宅バブルが始まった。2000年にインターネットバブルが崩壊し、それに追い打ちをかけるかのように同時多発テロが勃発。アメリカ経済は瀕死の重体となり、それを回復させるために取られた政策が超低金利の導入だった。低金利を利用し、すぐに人々は住宅ローンを組みマンションを買い始めた。マンハッタンのマンション価格が2年間で3倍になるなど、異常な高騰が続いたが、これはホテルにとっていい話しとはならなかった。住宅開発業社は、マンションを短期間でつくるため、住宅街にあるデラックスホテルを買収し、マンションに改装するという手段にでた。プラザホテルも買収され、マンションへと改装され始めたが、市民の反対運動が激化し、かろうじて建物の3分の1はホテルとして残されることになった。多くのホテルが消えた中、それは不幸中の幸いだった。

その後、2008年にリーマンショックが世界を襲う。甘い審査でローンを貸し付けしていたリーマンブラザーズが倒産。彼らが世界中で販売していた証券が世界的な経済不況をもたらした。ホテルの業績は下落し倒産するホテルも続出。だが、4年経過したあたりから、景気は戻りだし、ホテル不足を取り戻すために、マンハッタンでホテルの建築ラッシュが始まった。2014年には、ニューヨークのホテルの平均稼働率は89%以上を記録。さらにホテル開発が続けられたことで、2017年からは、ホテル過剰時代と言われるようになった。そして、2020年、コロナ禍が席巻し軒並みホテルは倒産。マンハッタンには以前の3割程度のホテルしかオープンしていない。

今、過去の20年を見てきたが、時間軸を広げると、1929年の世界大恐慌をバネに生まれたホテルチェーンが、1939年から始まった世界大戦に苦しみ、1950年から始まった好景気で躍進。その後、ベトナム戦争により、1960年代半ばから始まった不景気が1973年のオイルショックを迎えて泥沼化。1980年に入り、レーガノミクスにより立て直されるまで、20年間にも及んだこの長期景気後退がホテル業界を苦しめた。

アメリカにメジャーホテルチェーンが生まれてからの90年間で、安定して業績を伸ばせた時期は決して長くなかったことが分かる。きっとこれからも、アメリカの景気はジェットコースターのように走り続けながらホテル業界を翻弄していくことだろう。

2021.9.16公開

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奥谷啓介氏

著者:奥谷 啓介

1960年東京都生まれ。ウエステインスタンフォード&プラザシンガポール、ハイアットリージェンシーサイパン等勤務の後、1994年よりニューヨークのプラザホテルに就職。2005年プラザホテルの閉館に伴い退職。現在はニューヨークにてホテルコンサルタントを、また2023年6月からは長年の夢であった小説家としてデビュー。ホテルマンの経験を活かし多方面で活躍中。

・奥谷 啓介オフィシャルサイト

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