アメリカン・エキスプレス
私が見たアメリカのホテル

アメリカの一流ホテルで日本人マネージャーとして10年間勤務した著者が、日々の仕事の中でふと目にしたシーンから、日米の文化的な違い、考え方の背景にあるものなどをつづります。 著者紹介はこちら>>

第194回

解体されたスタトラーの遺産

ホテルイメージ

ホテル王コンラッド・ヒルトンの物語は、1919年、彼がテキサス州シスコにあるモブレーホテルを購入したことから始まり、アメリカ最古のホテルマネージメントカンパニーであるウエスティンホテルズの歴史は、1930年、グレート・ディプレッション(世界大恐慌)に苦しむ二人のホテルオーナーがワシントン州ヤキマにあるホテルで、生き残りをかけた共同運営の合意をしたことから始まった。アメリカのホテル業界では共によく知られている話だが、それ以前に活躍した偉人として、エルスワース・ミルトン・スタトラーの存在を忘れることはできない。

それまでの多くのホテルが一部の富裕層を相手にしたものであったのに対し、スタトラーは旅行が一般の人々の生活習慣へと変わることを見通し、大衆を相手にしたホテルを建てることを推奨。ホテルを学問として体系化し、その後のアメリカにおけるホテルビジネスの基礎を築き上げ、世界的に有名なコーネル大学のホテル学科の設立に大きく貢献した。

1919年に、彼がマンハッタンに建てたホテルは鉄道駅ペンシルバニステーションに隣接したホテルペンシルバニア。駅の真向かいという絶好の地に、ペンシルバニア・レイルロード・カンパニーと組んで建てたホテルは、当時、世界最大の部屋数2200室を保有。ホテル内に暮らしながら運営にあたっていたスタトラーだが、1926年、64歳で他界。その後、コンラッド・ヒルトンがホテル・ペンシルバニアを含んだ10軒からなるスタトラーホテルズを買い上げ、スタトラーヒルトンとした。1958年当時の買収額は111ミリオンドル。不動産取引額で当時の世界記録だった。

多くの物語を残すニューヨークを代表するホテルのひとつだったが、コロナにより閉鎖され、解体への道をたどった。現在、広大な更地となり、まもなく319メートルの巨大オフィスビルの建築が始まる段階にある。だが、リモートワークが定着した今日、オフィスビルの需要は急激に落ち、多くのオフィスビルが分譲マンションやホテルへと改築される流れにある。このビルも新たな発表があるのではないかと思う。一部をホテルにするなどという発表があることを期待したい。

スタトラーが他界した直後に設立されたスタトラー財団は、1948年、コーネル大学の敷地内に50室のスタトラーインを建設。それがリノベーションを経て、現在、153室のスタトラーホテルとして運営されている。アメリカで働くホテルマンが憧れるホテルの一つである。

2024.01.31公開

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奥谷啓介氏

著者:奥谷 啓介

1960年東京都生まれ。ウエステインスタンフォード&プラザシンガポール、ハイアットリージェンシーサイパン等勤務の後、1994年よりニューヨークのプラザホテルに就職。2005年プラザホテルの閉館に伴い退職。現在はニューヨークにてホテルコンサルタントを、また2023年6月からは長年の夢であった小説家としてデビュー。ホテルマンの経験を活かし多方面で活躍中。

・奥谷 啓介オフィシャルサイト

<著者紹介>

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