アメリカン・エキスプレス
私が見たアメリカのホテル

アメリカの一流ホテルで日本人マネージャーとして10年間勤務した著者が、日々の仕事の中でふと目にしたシーンから、日米の文化的な違い、考え方の背景にあるものなどをつづります。 著者紹介はこちら>>

第175回

ホテルブランドの巨星

ホテルイメージ

ドイツのウオルドルフ地方に生まれたジョン・ジェイコブ・アスターが新天地に夢を抱いてニューヨークに移住したのは1784年のこと。マンハッタンを拠点として毛皮貿易を行い、取引先を中国にまで広げたが、1799年に、「将来、マンハッタンが世界一の大都市になるであろう」と考え、マンハッタン南部の広大な土地を購入。それがもたらした富は彼をアメリカ初のミリオネアへと導いた。1848年、彼が他界した時に残された財産は20ミリオンダラー。それは当時のアメリカのGDPの0.9%に相当し、アマゾンの創始者ベゾス氏の2020年度の資産に匹敵する。

1893年、現在のエンパイアステートビルがある地に、彼の子孫の一人、ウイリアム・ウオルドルフ・アスターが13階建てのアスターホテルを建設。「ウオルドルフが建てたホテルで私の家が日陰になった!」と憤った母をなだめるため、その脇に、16階建てのアストリアホテルをジョン・ジェイコブ・アスター四世が建設。ファミリー内の確執で建てられた二つのホテルは完成後、ピーコックアレー(小路)でつながれ、ウオルドフル=アストリアという名称で運営されることになった。

その後も、ジョン・ジェイコブ・アスター四世はホテルへの興味を持ち続けた。「これからはセントラルパーク周辺が最も人気のでる場所になる」と考え、1904年、セントラルパークまで徒歩3分の地にセントレジスをオープンさせ、タイムズスクエアの中心には、ニッカボッカ-ホテルをオープンさせている。

だが、1912年、彼はフランス旅行から戻る途中、シェルブールから乗船したタイタニック号とともに他界。彼の遺産を引き継いだ息子のビンセントはホテルには興味がなく、さっさとウオルドルフ=アストリアをエンパイアステートビルの開発業者に売却しホテルは解体されてしまった。その愚行を嘆いたスタッフの一人がウオルドルフ=アストリアの名称を1ドルで譲り受け、パークアベニューの50ストリートに移築。1931年10月1日のオープン記念では、ハーバート・フーバー大統領がラジオを通して、祝辞を述べている。「ウオルドルフ=アストリアの完成は、ニューヨークのみならず、全米のホテル業界の大きな躍進を示すとともに、アメリカの力と平和と芸術における国家の成長を示すものであります」

ウオルドルフ=アストリアは1949年からヒルトンホテルズの最高級ブランドとして、セントレジスは1957年からシェラトンホテルズの最高級ブランドとして、それぞれ世界中で運営されている。アメリカ初のミリオネアの末裔が建てたホテルは、100年以上を経て、世界中で輝き続ける、ホテルブランドの巨星と言える存在だ。

2022.6.20公開

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奥谷啓介氏

著者:奥谷 啓介

1960年東京都生まれ。ウエステインスタンフォード&プラザシンガポール、ハイアットリージェンシーサイパン等勤務の後、1994年よりニューヨークのプラザホテルに就職。2005年プラザホテルの閉館に伴い退職。現在はニューヨークにてホテルコンサルタントを、また2023年6月からは長年の夢であった小説家としてデビュー。ホテルマンの経験を活かし多方面で活躍中。

・奥谷 啓介オフィシャルサイト

<著者紹介>

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