アメリカン・エキスプレス
私が見たアメリカのホテル

アメリカの一流ホテルで日本人マネージャーとして10年間勤務した著者が、日々の仕事の中でふと目にしたシーンから、日米の文化的な違い、考え方の背景にあるものなどをつづります。 著者紹介はこちら>>

第84回

ニューヨークのホテルの景気対策

ホテルイメージ

The Plaza

「そろそろ不景気がやってくる」そんなことを、セールスミーティングの場で何度か聞いた。ニューヨークのホテルの稼働率は景気の先読みをする。正確には、景気の動向を見る指数のひとつとして使われるから、景気後退が公表される前に、ホテルは景気後退をしることになる。

米国内の景気にニューヨークのホテルが大きく左右される理由としては、ホテルの利用客の7割以上がアメリカ国内の人々であること。さらに、全体の8割がビジネス客であるということが挙げられる(例外のホテルもあるが)。単純計算すれば、56%(=7×8)以上のゲストがアメリカ国内のビジネスマンということになる。景気が落ちれば、如実に出張に影響がでて、この56%のマーケットが縮小してゆく。10%の出張カットは、ホテルの稼働率を5%以上も落とすことになる。そのときに備え、アメリカ国外の市場を伸ばす営業マンが雇われている。

かつて日本のバブル経済絶頂期の1989年から1991年の間、プラザホテルのセントラルパークに面した最高級ルームの7割は日本人ビジネスマンに利用されていた。ところがバブル経済崩壊とともに、波が引くように日本人ビジネスマンは消えてしまった。営業部長には、そのあまりにも急激な現象が理解しがたく、優秀な営業マンを雇用すればまた最高級ルームに泊まる日本人ビジネスマンを取り戻すことができるのではないと考えていた。

1994年に私が雇われたときに、そんな期待をかけられ「もうその時代は終わってしまったのです」と言いたくなった。だが、そんなことを言おうものならば“ならば君は必要ない”という返事がもどってくることは必至だ。不景気など関係なしに、売り上げを伸ばせない者は働かせてもらえないのが原則。とにかく全力を尽くすのみという姿勢で仕事を始めたことを思い出す。

私の日本市場のターゲットは、ビジネスマンではなく、観光旅行高齢者へと絞られていった。バブル経済崩壊後の超景気底迷期にもかかわらず、1000万円もする豪華客船ツアーが完売するという現象が起きていた。そして、それを申し込んでいる人々は、高齢の富裕層、特に女性だった。アメリカ国内でプラザホテルを利用するゲストの8割はビジネスマンだから、観光客に狙いを絞っている私の行動に、上司は疑問を持った。だが、時間とともに伸びていく数字を見て、国柄の違いを理解してもらうことができた。

「部屋がなくて困る!」という状態が続いているときでも、油断は禁物。市場は突如崩れることがある。そのときに備え、他国の市場を育てておく。私の上司はよく言っていた。「たとえ今月の平均稼働率が93%であっても、まだ隙間はある。そこを利用して海外の渡航客を育てておくのだ」と。不景気になれば、ホテルは予算をカットする。最初に行われるのがレイオフ。不景気はスタッフの職を奪っていくから、景気の波に連動して、働く者の人生にも山と谷が訪れる。だから、山の頂にいるときでも、谷のことを忘れず備えを怠らないようにする。そのことを強く教えてくれた職場だった。

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奥谷啓介氏

著者:奥谷 啓介

1960年東京都生まれ。ウエステインスタンフォード&プラザシンガポール、ハイアットリージェンシーサイパン等勤務の後、1994年よりニューヨークのプラザホテルに就職。2005年プラザホテルの閉館に伴い退職。現在はニューヨークにてホテルコンサルタントを、また2023年6月からは長年の夢であった小説家としてデビュー。ホテルマンの経験を活かし多方面で活躍中。

・奥谷 啓介オフィシャルサイト

<著者紹介>

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