アメリカン・エキスプレス
私が見たアメリカのホテル

アメリカの一流ホテルで日本人マネージャーとして10年間勤務した著者が、日々の仕事の中でふと目にしたシーンから、日米の文化的な違い、考え方の背景にあるものなどをつづります。 著者紹介はこちら>>

第93回

二流ホテルと一流ホテルの違い

ホテルイメージ

New York Marriott Marquis

ニューヨークのタイムズスクエアの中心に、マリオットマーキーズという1949室の巨大ホテルがある。チェックインで込み合う時間帯にはいつもフロントの前に、マネージャーが立つ。そして、にこっと笑い、「チェックインにお越しですか?」と、声をかけてくれる。 彼(女)がいるので、フロントスタッフも笑顔をつくり、明るい対応をしてくれる。

一方、ニューヨークにある他の大型ホテルでは、このような対応は望めない。多くのフロントスタッフは、“面倒”という顔をして立っている。すぐにパスポートを出さないと、手を出して、“早くパスポートをだして”という態度をとる。その意味が理解できないと、ただ“パスポート”の一言。こんな対応は日常茶飯事だ。

この差をつくりだしているものは2つある。最初の理由は、ユニオン(組合)に入っているか否かの違いだ。ユニオン(労働組合)に参加しているホテルで働くスタッフの多くは守られている。態度が悪いからと、解雇されることはない。一方、ユニオンに入っていないホテルでは、解雇ができるから、優れたスタッフを集めることが可能となる。働く者も身を引き締めて働くことになる。

ニューヨークのユニオンは個々のホテルで組織されたものではなく、ニューヨーク市全体の組合で、正式名を“ニューヨークホテルアンドモーテルトレーズカウンセル”という。1937年2月にニューヨークのホテルで働く人々の権利と労働条件を向上させるために結成された組織だ。現在では、ニューヨーク市の75%ものホテルが参加している。この組織の力は強大で、ホテルを運営する側は、ユニオンとの間に存在する契約を厳守しなければならない。これを背景に、ユニオンワーカーはあぐらをかいてしまう。

だが、ユニオンに入っていないからと言って、フロントスタッフが皆、笑顔で明るい対応をするわけではない。彼らにはチップは入らない。ウエイター&ウエイトレス、ドアマン、ベルマンなどのように、労働意欲を向上させるものはない。なにもしなければ、ユニオンホテルと変わらぬ態度となってしまう。だから、ロビー・グリーター(ロビーで挨拶をする係り)が、笑顔で“こちらでチェックインをどうぞ”と、ゲストを彼らの前まで案内する。こうした状況下では、彼らも笑顔で対応せざるを得なくなる。

私が働いたプラザホテルもユニオンホテルだった。手枷足枷となることはたくさんあった。また、800室もあったから、機敏なサービスを提供することはできない。だから、せめてチェックイン時に、さわやかな気分を味わってもらうことに力を入れる。最初に好印象を与えることが、そのホテル全体の印象になることが多いからだ。

マネージャーたちはローテーションを組んで、ロビー・グリーターを担当した。私も、番が回ってきたときは、まず冗談を飛ばして、フロントスタッフに笑顔を作らせた。

多くのユニオンホテルで働くマネージャーは、サービスの話となると、開口一番“ユニオンだから”と言う。だが、スタッフに笑顔で対応させることは、ユニオンとは関係なく可能だ。二流ホテルはユニオンを言い訳に、なにもしないマネージャーたちがたむろする場。一方、一流のホテルは、ユニオンとは関係なしに、さわやかなサービス環境を作り出せる頭脳と行動力を持ったマネージャーたちが集うところ。こうした人材の優劣がサービスの違いを如実につくりだし、ホテルの格式の差につながるのだ。

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私が見たアメリカのホテル バックナンバー
奥谷啓介氏

著者:奥谷 啓介

1960年東京都生まれ。ウエステインスタンフォード&プラザシンガポール、ハイアットリージェンシーサイパン等勤務の後、1994年よりニューヨークのプラザホテルに就職。2005年プラザホテルの閉館に伴い退職。現在はニューヨークにてホテルコンサルタントを、また2023年6月からは長年の夢であった小説家としてデビュー。ホテルマンの経験を活かし多方面で活躍中。

・奥谷 啓介オフィシャルサイト

<著者紹介>

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