アメリカン・エキスプレス
私が見たアメリカのホテル

アメリカの一流ホテルで日本人マネージャーとして10年間勤務した著者が、日々の仕事の中でふと目にしたシーンから、日米の文化的な違い、考え方の背景にあるものなどをつづります。 著者紹介はこちら>>

第128回

ホテルの値段

ホテルイメージ

7月3日、“長きに渡り買い手を探していたインド企業がついにプラザホテルを売ることに決定”という話題をニューヨークのマスコミが一斉に取り上げた。買い手はカタール政府のファンドで成り立つホスピタリティー企業。値段は600ミリオンダラーという。

プラザホテルが売られる度に、かつてのオーナー、ドナルド・トランプ氏のことが話題となる。2001年に出版された「ザ・プラザ」というプラザホテルの歴史を綴った本を書いた著者とのインタビューで、トランプ氏はいくつかのコメントを残している。“子供の頃、両親に連れられ、プラザホテル内のカフェ、パームコートに食事をしに行ったのがプラザホテルとの出会いだった”。“学生時代、買いたい不動産物件リストを作製し、その中にプラザホテルを入れていた”ことなど。

“有言実行”の男は、1976年にプラザホテルのオーナー、ウエスティン・ホテルズに「プラザホテルを売って欲しい」と話を持ち掛けている。「50ミリオンダラーをだしてもいい」と言って粘ったという。だが、ウエスティン・ホテルズの返答は「いくらお金を積んでもらっても売るつもりはない」だった。

1985年9月22日、プラザホテルで歴史的な“プラザ合意”が行われた。参席したのは、竹下登大蔵大臣。その後、日本はバブル経済へと突入。竹下登大臣の元秘書だった青木氏率いる青木建設が1988年にウエスティン・ホテルズを買収。その時、トランプ氏にプラザホテルを売る合意を行った。取引額は415ミリオンダラー。トランプ氏は、そこからさらにプラザホテルに磨きをかけるために、巨額のお金をかけた修復をおこなっている。

ホテルの売値はそのホテルのNOI(Net Operating Income=税金を払う前の純利益)によって決められる。例えばNOIが10ミリオンダラーのホテルならば、購入金額にたいし、通常NOIが4%~5%程度となる250~200ミリオンダラーあたりの値段となる。1等地に立っていようとも、造りが豪華であろうとも、それは関係なく、NOIによって売値が決められる。投資家にとっては、儲けることが仕事だから、利回りが重要視される。それを無視した値段はビジネスにはなり得ない。

だが、私が知る限り、マンハッタンに、NOIを元に売値を決めずに売買されたホテルが2軒ある。それはプラザホテルとウオルドルフアストリア。1988年にトランプ氏が払った415ミリオンダラーはビジネスにはなれない値段だった。この時のトランプ氏のコメントは「単なるホテルを買ったのではない。マンハッタンのモナリザを買ったのだ」というものだった。それは、とりもなおさず、お金では計れない価値ある物を買ったということを意味していた。だから、お金の切れ目が縁の切れめとなり、7年後にプラザホテルは銀行管理の下に置かれ売られてしまった。ウオルドルフアストリアも2014年に1.95ビリオンダラーで中国企業が購入。これも法外な値段であったが、買い手は「ヒルトンと100年契約をしてホテル運営を続ける」と発表。しかし、2017年には、中国政府の介入となり、全館分譲マンションに改装するためにホテルを閉館してしまった。

魅力あるホテルのオーナーになりたくて、法外な額を払った人、或いは企業で、いい結果となった例を私は知らない。15年前に、やはり法外な値段でプラザホテルのオーナーになったイスラエル不動産会社も、ホテルの3分の2を分譲マンションに改装して儲けようとして、失敗に終わっている。その時に、プラザホテルの純部屋数は150。それに、タイムシェア的に利用される部屋が130室残されるのみとなった。この小さなホテルに600ミリオンダラーは法外以外のなにものでもない。これではビジネス投資にはなり得ない。だが、今度のオーナーは政府ファンドだから、投資利益は求めず、広告の一環として、末永くホテル運営を続けてくれる可能性はある。それを願うばかりだ。

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奥谷啓介氏

著者:奥谷 啓介

1960年東京都生まれ。ウエステインスタンフォード&プラザシンガポール、ハイアットリージェンシーサイパン等勤務の後、1994年よりニューヨークのプラザホテルに就職。2005年プラザホテルの閉館に伴い退職。現在はニューヨークにてホテルコンサルタントを、また2023年6月からは長年の夢であった小説家としてデビュー。ホテルマンの経験を活かし多方面で活躍中。

・奥谷 啓介オフィシャルサイト

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