アメリカン・エキスプレス
私が見たアメリカのホテル

アメリカの一流ホテルで日本人マネージャーとして10年間勤務した著者が、日々の仕事の中でふと目にしたシーンから、日米の文化的な違い、考え方の背景にあるものなどをつづります。 著者紹介はこちら>>

第126回

世界大恐慌を乗り越えたホテル

ホテルイメージ

1929年10月24日、ゼネラルモーターズの株が80セント下落したことから始まった世界大恐慌。失業率は25%以上、平均給与は42%ダウン、国内総生産は約半分にまで落ちてしまった。ホテル産業は大打撃を受け、アメリカ中の80%以上ものホテルが倒産に追いやられる大惨事となった。

ブロードウエイの73ストリートに、“マンハッタン一美しい”とも言われる建物がある。1904年に完成したアンソニア・ホテル。ロビーには、べーブルースの写真や野球ボールなどが飾られている。べーブルース以外にも、多くの著名人がここに暮らしていた。スポーツ界ではボクシングの世界チャンピオン・ジャック・デンプシーが、映画界では、アンジェリーナ・ジョリーやナタリー・ポートマンなどがいた。1900年代初頭、セントラルパーク周辺に建てられた大型ホテルは、どこも富裕層が長期に渡って暮らすアパートとして利用されたものだった。プラザホテル、セントレジス、ゴッサムホテル(現ペニンシュラ・ニューヨーク)なども然り。こうしたホテルには裕福な居住者がいたため、不況時も安定した収益を得ることができた。

マンハッタンの中心、ペンシルバニア・ステ―ションの前に立つ“ホテル・ペンシルバニア”は1919年にオープンした老舗ホテル。オープン当時は2200室を保有する世界最大のホテルだった。アメリカ近代ホテルの基礎を作りあげたエルスワース・ミルトン・スタトラーの指揮の下に建築され、運営も彼が行った。“庶民を対象とした利益率の高い大型ホテル”を目指した彼は不況に強いホテルを作り出した。「ホテルにとって最も大切なものはロケーションである」という彼の考えは、アメリカ各都市から鉄道を利用して大勢の人が入ってくるペンシルバニア・ステーションに100%満たされた。また、「人口の多い一般大衆をターゲットにするべき」という彼の考えも、ホテル利用者が富裕層から庶民へと移行する当時の変革期に100%沿ったものだった。これらが功を奏し、不況下でも、ホテル・ペンシルバニアは利用客を取り込むことができた。因みに、こうした彼のホテル経営理論は高く評価され、1922年、ホテル協会の依頼により、彼はコーネル大学ホテル学部を創設するに至っている。

また、共同戦線を組むことで、荒波を乗り越えようとしたホテルもあった。1930年、ワシントン州シアトルでホテルを営むセバート・ターストンは、同業のフランク・デユパーと近くのレストランで偶然、顔を合わせた。大不況により、二人が経営するホテルは倒産寸前での状態。二人は話し合いを始め、経費を浮かすために、複数のホテルでシェアできる部署を探しだした。結果、会計、広告、購買、予約、人事(人事権はオーナーが持つ)を一手に引き受け経費を浮かす会社を作ることで合意。周囲の知り合いのホテルオーナーたちにも声をかけ、17軒のホテルがそのプログラムに参加した。経費削減をしながら、お互いにPRを行う戦略は的確に動き、不況を乗り切ることに成功する。これが後の“ウエスティン・ホテル”の始まりであり、アメリカ初のホテルマネージメントカンパニー(運営会社)となった。

近代アメリカのホテルの在り方を変えた歴史的出来事はいくつかある。その中で、最大のインパクトを与えたものは世界大恐慌だった。不況への耐久性を備えていたホテル、時代の流れに乗り最大の利益を生むように建築運営されたホテル、苦しみの中から自己救済策を見出したホテルなど、淘汰されずに生き残ったそれぞれのホテルは、その後も二転三転して今に至っている。そこには映画や小説のストーリーになるほどの、面白く興味深い経緯が含まれている。

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奥谷啓介氏

著者:奥谷 啓介

1960年東京都生まれ。ウエステインスタンフォード&プラザシンガポール、ハイアットリージェンシーサイパン等勤務の後、1994年よりニューヨークのプラザホテルに就職。2005年プラザホテルの閉館に伴い退職。現在はニューヨークにてホテルコンサルタントを、また2023年6月からは長年の夢であった小説家としてデビュー。ホテルマンの経験を活かし多方面で活躍中。

・奥谷 啓介オフィシャルサイト

<著者紹介>

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超一流の働き方

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なぜ「お客様は神様です」では一流と呼ばれないのか

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