私が見たアメリカのホテル

アメリカの一流ホテルで日本人マネージャーとして10年間勤務した著者が、日々の仕事の中でふと目にしたシーンから、日米の文化的な違い、考え方の背景にあるものなどをつづります。 著者紹介はこちら>>

第170回

雇用契約の無いアメリカのホテル

ホテルイメージ

アメリカは契約社会と言われるが、雇用に関しては、特殊な人材を除いて、契約はないと言ったほうが正しい。私がシンガポールのホテルに赴任したときは、雇用契約書が用意された。そこには、働く期間、年収、そして、最初の3か月は、“プロベーション”と呼ばれる、いつでも解雇できるし辞職もできるが、その後は、互いに3か月前に通知をしなければならない。という内容が含まれていた。だが、アメリカのホテルに行ってみると、そのような契約書は無く、サインをしたのは給与額の合意書のみだった。

契約書がないから、アメリカのホテルはいつでもスタッフを解雇できる。解雇に不満がある者は法的手段を取り、“不当解雇”という判決を取る。実際、そのスタッフが悪行をしていないかぎり、ほぼ不当解雇の判決となり、ホテルは法的ダメージを受けるうえに慰謝料を払わせられることになる。ホテルはこれを防ぐため、解雇する前に、スタッフと契約を結ぶ。それはサべランスと呼ばれ、「仕事を辞めた日から〇〇期間の給与を受け取る代わり、法的手段はとらないことに合意する」というもの。

悪行をしていないスタッフに、ホテルが解雇を言い渡すときは、ほぼ景気後退によるレイオフをしなければならなくなったとき。本来は、働いてくれているスタッフを解雇したくはない。だが、やむを得ず、取締役会は、「今回のレイオフは、営業部から2人、飲料部から3人にする」などという決定を行う。そして、各部長がその人選を行うことになる。会社にとっても部長にとっても、それは苦渋の決断。レイオフされる側もそれを理解しているので、すんなりと合意書にサインをして去るのが通常のパターン。サインを拒否して法的手段を取れば、次に就職するとき、それが大きな足枷となる。どこのホテルでも、レイオフをしなければならないことはある。そのときに、法的手段を取るようなスタッフを雇いたくはないからだ。だから、サインをしないスタッフはほぼ皆無。

解雇にならない手段としては、労働組合のあるホテルに就職し、労働組合のメンバーになる方法がある。労働組合に入っているスタッフにとってのレイオフは無期待機状態を意味し、景気が戻り次第、復職ができる。その間、他社でアルバイトをすることも可能。彼らにとってのレイオフは在り方が違うのだ。だが、労働組合に入れば、雇用は守られるものの、昇進ができないというデメリットがある。

いつレイオフになるかわからないが、昇進を狙うマネージャーたち。方や、雇用は安定するが、昇進がない労働組合に守られたスタッフたち。こうした異なる雇用形態を持つスタッフで、多くのアメリカのホテルは構成されている。

2022.1.18公開

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奥谷啓介氏

著者:奥谷 啓介

1960年東京都生まれ。ウエステインスタンフォード&プラザシンガポール、ハイアットリージェンシーサイパン等勤務の後、1994年よりニューヨークのプラザホテルに就職。2005年プラザホテルの閉館に伴い退職。現在はニューヨークにてホテルコンサルタントを、また2023年6月からは長年の夢であった小説家としてデビュー。ホテルマンの経験を活かし多方面で活躍中。

・奥谷 啓介オフィシャルサイト

<著者紹介>

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