私が見たアメリカのホテル

アメリカの一流ホテルで日本人マネージャーとして10年間勤務した著者が、日々の仕事の中でふと目にしたシーンから、日米の文化的な違い、考え方の背景にあるものなどをつづります。 著者紹介はこちら>>

第153回

チップの起源

ホテルイメージ

ミネアポリスで起きた痛ましい事件から端を発した差別撤廃デモは、ときに暴動を伴いながら、米国中に広がっている。ニューヨークの自然史博物館の前にあるセオドア・ルーズベルト大統領の象も、差別時代の象徴だという理由で撤去されることが決まった。名作と言われる「風と共に去りぬ」も、一時的とはいうが、映画配信サービスから削除された。これも内容に黒人差別が間違った内容で含まれているからという理由に基づいている。

ひとつ、誰も触れないこと、あるいは、触れたくないことの一つで、レイシズム(人種差別)から生まれたシステムがアメリカにはある。それはチップ。もとは17世紀の欧州で、主(あるじ)が召使に、いい仕事をしたときに、渡していたコインが起源。それが、アメリカに渡り、南北戦争終結とともに広がった。南北戦争終戦の3年前、1863年にリンカーンが出した「奴隷解放宣言」により、終戦後、開放された奴隷たちは仕事を求めて街に集まった。技術をもっていない彼らはホスピタリティービジネスの中に仕事を見つけ出す。多くがウエイター、ドアマン、ベルマンになり、1880年の記録では、レストランやホテルで働く半分の労働者は彼らに占められていたという。

レストランやバーを利用した白人は、彼らにチップを払った。その目的は「ほどこし」。この点では、チップはレイシズムの現れと言ってもいいようなものだった。店の経営者はチップを給与とし、わずかな賃金で労働力を得られたことに感謝した。

1920年から1933年の間に制定されていた「ポルステッド法=禁酒法」の時代は、店の売り上げが下がったため、なおさらチップが必要とされるようになった。時間とともにそれが習慣化され、1996年には、チップドワーカー(チップを得られるポジションにいる労働者)への最低賃金が設定された。チップはすべて労働者が得る権利をもつ。店がその一部を取ることは法律違反となるので、チップを得られない部署で働く労働者と同じ賃金を彼らに払うわけにはいかない。

現在、ニューヨークの1時間あたりの最低賃金は15ドル。チップを受け取る労働者へ払う額は、これよりも5ドルを最高として安くできる。例えばチップで、1時間あたり20ドル儲ける人への賃金は、10ドルにできるので、店から10ドル、チップで20ドルの計30ドルを儲けられる計算になる。チップの%を上げたいとの運動が続き、現在は18%から21%の間で払うのが普通になっている。レイシズムから生まれたものではあるが、今では、給与の一部として考えられるようになっているので、撤廃運動が起きることはないだろう。

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奥谷啓介氏

著者:奥谷 啓介

1960年東京都生まれ。ウエステインスタンフォード&プラザシンガポール、ハイアットリージェンシーサイパン等勤務の後、1994年よりニューヨークのプラザホテルに就職。2005年プラザホテルの閉館に伴い退職。現在はニューヨークにてホテルコンサルタントを、また2023年6月からは長年の夢であった小説家としてデビュー。ホテルマンの経験を活かし多方面で活躍中。

・奥谷 啓介オフィシャルサイト

<著者紹介>

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