私が見たアメリカのホテル

アメリカの一流ホテルで日本人マネージャーとして10年間勤務した著者が、日々の仕事の中でふと目にしたシーンから、日米の文化的な違い、考え方の背景にあるものなどをつづります。 著者紹介はこちら>>

第7回

オーバーブックへの理解

ホテルイメージ

Clift San Francisco

ホテルで働いていたとき、オーバーブックと聞くと体がしびれたものだ。
「皆、来てくれ。」
マーケテイングのトップから召集がかかった。これは今日のオーバーブックの件だな。と、皆がそれぞれの思いで上司の部屋に集まる。
「今夜は、多分、ウオークアウトがでる。皆、心してかかるように。」
「ウオークアウト」とは、アメリカのホテル用語で、ゲストを部屋に入れずに外に出すことを意味する。

私はその日にチェックインするゲストのリストを眺める。知り合いのゲストが夜にチェックインする場合には、昼のうちに、自分のクレジットカードを登録して、そのゲストの部屋をチェックインしてしまう。これで部屋を確保したことになる。
だが、まだ不十分。「ミスター○○の部屋は既にチェックイン済み。部屋番号は○○号室。」と大きく書いた紙を、フロントの黒板に貼り付けて、皆にアナウンスする。

一度チェックインしてしまうと、通常のチェックイン作業では名前が記録に出てこなくなる。
フロントスタッフが予約を見つけられなくなるので、「もうチェックイン済み」ということを知らせておかなければならないのだ。
他にも多くの日本人ゲストの名前をリストの中に見る。しかし、なにもすることはできない。そのゲストが本当にチェックインするかどうか分からない。私のカードを使ってチェックインをし、もしノーショー(予約が入っているにも係わらず、キャンセルをせずに来ないゲスト)となれば、私が一泊分を支払わなくてはならなくなる。私が守れるのは、私が個人的に頼まれて予約をしたゲストに限られる。

予約を取り続けない限り、予約件数は時間とともに減る。予約が入っているにも係わらず来ない人もいるし、明日以後のチェックアウト予定となっているゲストが、今日、チェックアウトすることもあるからだ。一日にどれくらい部屋数が減るのか、ホテルは過去の記録で知っている。それが30ならば、朝の時点で30ルーム足りない状態にしておかないと、その日は満室にすることができないという計算だ。だが、30減るはずが、ときには20しか減らないこともある。そうなると、深夜、10のウオークアウトが発生することになる。

「到着が遅くなる場合には、ホテルに電話をしておけば部屋を確保しておいてくれる。」と、ガイドブックで見たことがある。
だが、実際には、オーバーブックしている場合には無力だ。チェックインしに来たゲストを前に、電話をかけてきたゲストの部屋を守るために、「もう部屋はありません。」などと嘘をつくことなどできないからだ。「早いもの順」を守るしかないのだ。

無い部屋はどんなに文句をつけたところで出てこない。粘ったところで、時間の無駄になるだけだけだから、用意された代替のホテルに行くことが得策だ。ある程度のカテゴリーのホテルならば、大概、往復のタクシー代を払うし、翌日、戻ってきたときには特別なサービスをお詫びとしてつける。
だから、怒りのあまり、他のホテルに移ってしまうのではもったいない。
オーバーブックはどのホテルでも起こることなのだから。

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奥谷啓介氏

著者:奥谷 啓介

1960年東京都生まれ。ウエステインスタンフォード&プラザシンガポール、ハイアットリージェンシーサイパン等勤務の後、1994年よりニューヨークのプラザホテルに就職。2005年プラザホテルの閉館に伴い退職。現在はニューヨークにてホテルコンサルタントを、また2023年6月からは長年の夢であった小説家としてデビュー。ホテルマンの経験を活かし多方面で活躍中。

・奥谷 啓介オフィシャルサイト

<著者紹介>

・超一流の働き方

ビートルズ・ケネディ大統領・サウジの大富豪……全世界のVIPらに愛され、マネージャーとして超一流の世界で学んだ世界標準の「サービス」「心の持ち方」「自分の活かし方」「生き方」を公開!

超一流の働き方

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なぜ「お客様は神様です」では一流と呼ばれないのか

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ブラジルの中央、マッドグロッソにある牧場に生まれた「はえくん」の物語。原作のアントニオ猪木氏が自身の体験をもとに長年あたためてきた企画が、奥谷氏の手により絵本になりました。大人が読んでも楽しめる愛と友情の物語です。

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海外旅行が変わる ホテルの常識

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世界最高のホテル プラザでの10年間

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