私が見たアメリカのホテル

アメリカの一流ホテルで日本人マネージャーとして10年間勤務した著者が、日々の仕事の中でふと目にしたシーンから、日米の文化的な違い、考え方の背景にあるものなどをつづります。 著者紹介はこちら>>

第168回

外国のホテルで働いた楽しさ

ホテルイメージ

私の学生時代は、まだ海外旅行が日常事ではなかった。人生数回しかないだろうチャンスの1回目を卒業旅行で海外に行く。その次はいつ行けるかわからない。多くの学生がそんな気持ちで過ごしていた。この先、どのようにすれば楽しい人生を送れるかばかりを考えていた私は、学生生活が終わりに近づいた頃、卒業後は海外にでて、異国を転々としながら暮らす目標を定めた。そして、自分が暮らしたい国に送ってくれる仕事を探した。

「そんな都合のいい仕事はない」と周囲に言われたが、神が味方してくれたかのように、ウエスティンホテルズのセールスオフィスと巡り合った。面接で言われたことは、「海外に出られないのなら、ここで働くことはできない」。「能力さえあれば、自分が行きたい国にあるホテルで仕事ができる」。まさに私が求めていた仕事だった。

仕事を始めたとたん、マニラのウエスティンホテルに送られて、研修を受けることになった。それが、私の初めての海外旅行になった。それから半年ぐらいして、今度は、2週間をかけてアメリカのメジャー都市にあるウエスティンホテルを見に行くことになった。一人で飛行機に乗って、超豪華ホテルに宿泊して、ごちそうを食べて・・・こんな夢のような仕事があっていいものかと不思議な感覚だった。そして、ニューヨークのホテルに泊まったとき、このホテルで働きたいと思った。それがプラザホテルだった。

それから、上司に、「ニューヨークのプラザホテルに送ってください」と執拗に言い続けた。2年目にして、面接を受けに行かせてもらえたが、チャンスはつかめず。「早く海外にでて経験を積まないと、自分のためにならない」と、上司に言われ、ニューヨークを後回しにして、シンガポールに行くことを決めた。それからサイパンのホテルを経て、プラザにたどり着くのに10年かかった。

ホテルの仕事では、「ああしろ、こうしろ」と指図を受けたことは全くなかった。ホテル側は、“仕事のできる人間”を雇ったつもりでいるので、期待はずれなら、即、解雇すればいいだけの話だからだ。解雇されないようにするにはどうすればいいか。それだけを考え、自分なりのプランを立てて実行することが仕事だった。また、他民族で構成された職場なので、一切の差別と偏見を持たず、全ての人は平等であるという気持ちで行動しないと追放される危険があった。こうした環境のおかげで、プラザホテルで働いた10年間は、一度たりとも、オフィスに行くのが嫌だと思ったことはなかった。しばし日本人以外の映画俳優、スポーツ選手、政治家、ロイヤルファミリーなどを迎える機会もあった。

「こんな素敵な職場で、あんな素敵なレストランでいつも食事ができて羨ましい」などと言われることが多かった。だが、当たり前のことになっていたので、それを恩恵として感じることはなかった。今、思い返すと、確かにそうだったと思う。あの楽しさをきちんとかみしめたいので、もう一度、戻りたいと思う。また、ヨーロッパで暮らすことができなかったという後悔も残っている。思い残すことは山積みだが、そろそろ年貢の収めどきが近づいている。

これから仕事を始める人。いろいろなことに挑戦したい人。悔いなき人生に向かって、貪欲になっていただきたいと思う。私のように、もう一度、あの頃に戻ってやり直したいなどと後悔を残さぬように。

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私が見たアメリカのホテル バックナンバー
奥谷啓介氏

著者:奥谷 啓介

1960年東京都生まれ。ウエステインスタンフォード&プラザシンガポール、ハイアットリージェンシーサイパン等勤務の後、1994年よりニューヨークのプラザホテルに就職。2005年プラザホテルの閉館に伴い退職。現在はニューヨークにてホテルコンサルタントを、また2023年6月からは長年の夢であった小説家としてデビュー。ホテルマンの経験を活かし多方面で活躍中。

・奥谷 啓介オフィシャルサイト

<著者紹介>

・超一流の働き方

ビートルズ・ケネディ大統領・サウジの大富豪……全世界のVIPらに愛され、マネージャーとして超一流の世界で学んだ世界標準の「サービス」「心の持ち方」「自分の活かし方」「生き方」を公開!

超一流の働き方

・なぜ「お客様は神様です」では一流と呼ばれないのか

「アメリカのホテルで1万円儲かることが、日本のホテルでは3,780円しか儲からない」といわれるほど世界最低レベルの生産性。働けど働けど儲からないワーキングスタイルに苦しめられるのはもうやめよう。

なぜ「お客様は神様です」では一流と呼ばれないのか

・はえくんの冒険(原作:アントニオ猪木、著:ケニー奥谷、絵:八雲)

ブラジルの中央、マッドグロッソにある牧場に生まれた「はえくん」の物語。原作のアントニオ猪木氏が自身の体験をもとに長年あたためてきた企画が、奥谷氏の手により絵本になりました。大人が読んでも楽しめる愛と友情の物語です。

はえくんの冒険

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サービスを向上させるにはスタッフを幸せにすることが一番の近道。アメリカの超一流ホテルでの経験から綴る業界改革論。

サービス発展途上国日本 - 「お客様は神様です」の勘違いが、日本を駄目にする

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「プラザ」元マネージャー直伝、一流ホテルで恥をかかない滞在術。この一冊があなたのアメリカ滞在を変える!レジャーはもちろん、ビジネスにも役立つ情報の集積。国際人の責任として、海外に行く前にその国の常識を学ぼう。

海外旅行が変わる ホテルの常識

・世界最高のホテル プラザでの10年間

アメリカのホテルはなぜこんなに不愉快なのか!?「日本人利用客」VS「アメリカ人従業員」。果てしないトラブルの非は、どちらにある?敏腕マネージャーがフロント・デスクの内側からみた「日米比較文化論」。

世界最高のホテル プラザでの10年間

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