私が見たアメリカのホテル

アメリカの一流ホテルで日本人マネージャーとして10年間勤務した著者が、日々の仕事の中でふと目にしたシーンから、日米の文化的な違い、考え方の背景にあるものなどをつづります。 著者紹介はこちら>>

第58回

チップとは

ホテルイメージ

The Pierre New York

アメリカのホテルで働く人々は、全く隙がないくらい公平にシステム化された環境の中で働いている。理由は、不公平を感じさせる組織は、スタッフから訴訟され、大きなダメージを受けることになるからだ。その例をチップに見てみよう。

チップを多く受け取るウエイター、ウエイトレス、ベルマン、ドアマンの給与はとても低く設定されている。彼らの収入の大部分はチップで、会社はチップを100%彼らに還元しなければならない。チップは、一度すべて集められ、勤続年数の長い者順に多く分けられるようになっている。レストランで見れば、各自が担当したテーブルのチップを取るようにしたのでは、人数による額のばらつきが生まれ、不公平が生じる。それよりも、“勤続年数の長い者が多く取る”としておいたほうが、不公平感を持たれない。

「いいサービスをしたら、それだけ多くのチップがもらえるわけだから、それこそ不公平ではないか?」と思う人もいるかもしれない。だが、アメリカのチップは、レストランならば15~22%が相場であり、サービスの善し悪しによって、額が大きく左右されることはほとんどない。また、ドアマンやベルマンとなれば、ゲストと接する時間が少なく、スタッフによるサービスの差を感じさせることもあまりない。

客室を掃除するハウスキーパーのチップは、大概1~5ドル程度。掃除に30分かけて、この金額ではとても暮らせないから、彼らの給与は高く設定されている。だから、「枕チップはあまり気にしなくても大丈夫です。」などという案内が生まれる。全く払わなかったとしても、彼らの生活には響かない程度のものなのだ。

団体の手配をするコンファレンスマネージャーという者がいる。セールスマネージャー(営業マン)は、ビジネスを誘致し、契約書にサインされれば、そこで役割を終える。その後の手配は、コンファレンスマネージャーに引き継がれる。団体がホテルに入っている間、顔を合わせるのはコンファレンスマネージャーだから、必然的に、彼らにはチップが入る。だが、セールスマネージャーには入らない。その埋めあわせとして、セールスマネージャーには「インセンティブ」という、各自が誘致したビジネスの売り上げによって入るボーナスがある。

「チップがあったり、インセンティブがあったりしていいな」と思っているのはフロントスタッフ。もちろん、その分、給与面でバランスを取ってある。だが、そんな彼らも希にチップを受け取ることがある。

私が働いていたとき、プラザホテルの公園側の客室とスタンダードの客室の差額は1日あたり300ドル程度した。3泊すれば、900ドルになる。「いい部屋ないかな?」と、ぽんと50ドルを渡すゲストがいた。それをもらったフロントスタッフは嬉しくなり、公園側の部屋にアップグレードしてしまう。900ドルを50ドルで買ってしまうのだ。こんなチップの使い方に長けたゲストもいた。

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奥谷啓介氏

著者:奥谷 啓介

1960年東京都生まれ。ウエステインスタンフォード&プラザシンガポール、ハイアットリージェンシーサイパン等勤務の後、1994年よりニューヨークのプラザホテルに就職。2005年プラザホテルの閉館に伴い退職。現在はニューヨークにてホテルコンサルタントを、また2023年6月からは長年の夢であった小説家としてデビュー。ホテルマンの経験を活かし多方面で活躍中。

・奥谷 啓介オフィシャルサイト

<著者紹介>

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