私が見たアメリカのホテル

アメリカの一流ホテルで日本人マネージャーとして10年間勤務した著者が、日々の仕事の中でふと目にしたシーンから、日米の文化的な違い、考え方の背景にあるものなどをつづります。 著者紹介はこちら>>

第50回

ホテルのクリスマスパーティー

ホテルイメージ

The St. Regis New York

毎年この時期になると、プラザホテルのスタッフパーティーを思いだす。「このホテルで働けて本当によかった!」。プラザで働いている時に、そう感じることはたくさんあったが、クリスマスパーティーは特に印象深いイベントだった。それは、一般のスタッフに感謝の意を示す機会だから、マネージャー達が交代でバーテンダー、ウエイター&ウエイトレスになって働いた。食事内容もとても豪華なものだった。スタッフの中には、内容を見ただけで値段が分かる者がいるから、安価な物をだせば、「俺たちには、この程度の内容か。」と反感を買うことになりかねない。日頃の労働に感謝を示す場が、そんなことになったのでは逆効果だ。飲み物だけは1人3杯目から有料となっていたが、食事はブッフェ形式の食べ放題にしていた。また、家族を1人まで連れてきていいことになっていたので、多くは夫婦で来ていた。グランドボールルームの中央にダンスフロアーを造り、パーティーは午後6時から11時まで続いた。

多くのアメリカ人は、「仕事は日々の生活を楽しむためのお金を作る手段」と割り切る。また、楽観的な国民性ゆえ、「できないものは仕方がない」と、あきらめも早い。だから、自己を犠牲にしてまで仕事を優先する者はまずいない。さらに、良い条件を求めて職場を変えて行く社会だから、愛社精神も育たない。このような環境の下で、ハイクラスのサービスを出すためには、彼らの労働意欲をもちあげ続けることが必要となる。そこで生まれたシステムのひとつがチップ制度。いいサービスを行えば、それだけ多くのお金がもらえるから一生懸命に働くようになる。セールスマンには、インセンティブと呼ばれる、個人の売上に基づいたボーナスが与えられる。チップもインセンティブも得られない部署の者には、最初から高い基本給が設定されている。だが、それだけでは足りないから、「この会社で働いていてよかった!」と思わせるイベントを多く用意する。その最たるものがクリスマスパーティーだ。

プラザで言えば、ニューヨークで最も豪華な宴会場で開かれる盛大なパーティーに参加できることは、働く者の誇りとなる。一緒に来た伴侶にも自慢ができる。また、チップを得る部署で働くスタッフは、メニューの単価が高いので、儲ける額も多くなる。彼らの収入が多ければ、他の部署のスタッフの収入も平均的に高くなる。実際、プラザが大改装で、2005年から3年間閉鎖されたとき、リオープン後に再びプラザで働ける権利を受けたスタッフのほとんどは退職金を取らずに待ち続けた。

マネージャーは、経験を利用して自分を高く売り込むから、ときがたてば他のホテルに移っていく。だが、それ以外の部署にいるスタッフは辞めない。プラザほど居心地のいいホテルはまずないと言っていいからだ。それが理由で、勤続年数が30年以上というスタッフが沢山いる、アメリカではとても希有なホテルになったのだ。プラザは多くの旅行客とって憧れのホテルであると同時に、アメリカのホテルマンが働きたいと思う憧れのホテルでもあった。

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奥谷啓介氏

著者:奥谷 啓介

1960年東京都生まれ。ウエステインスタンフォード&プラザシンガポール、ハイアットリージェンシーサイパン等勤務の後、1994年よりニューヨークのプラザホテルに就職。2005年プラザホテルの閉館に伴い退職。現在はニューヨークにてホテルコンサルタントを、また2023年6月からは長年の夢であった小説家としてデビュー。ホテルマンの経験を活かし多方面で活躍中。

・奥谷 啓介オフィシャルサイト

<著者紹介>

・超一流の働き方

ビートルズ・ケネディ大統領・サウジの大富豪……全世界のVIPらに愛され、マネージャーとして超一流の世界で学んだ世界標準の「サービス」「心の持ち方」「自分の活かし方」「生き方」を公開!

超一流の働き方

・なぜ「お客様は神様です」では一流と呼ばれないのか

「アメリカのホテルで1万円儲かることが、日本のホテルでは3,780円しか儲からない」といわれるほど世界最低レベルの生産性。働けど働けど儲からないワーキングスタイルに苦しめられるのはもうやめよう。

なぜ「お客様は神様です」では一流と呼ばれないのか

・はえくんの冒険(原作:アントニオ猪木、著:ケニー奥谷、絵:八雲)

ブラジルの中央、マッドグロッソにある牧場に生まれた「はえくん」の物語。原作のアントニオ猪木氏が自身の体験をもとに長年あたためてきた企画が、奥谷氏の手により絵本になりました。大人が読んでも楽しめる愛と友情の物語です。

はえくんの冒険

・サービス発展途上国日本 - 「お客様は神様です」の勘違いが、日本を駄目にする

サービスを向上させるにはスタッフを幸せにすることが一番の近道。アメリカの超一流ホテルでの経験から綴る業界改革論。

サービス発展途上国日本 - 「お客様は神様です」の勘違いが、日本を駄目にする

・海外旅行が変わる ホテルの常識

「プラザ」元マネージャー直伝、一流ホテルで恥をかかない滞在術。この一冊があなたのアメリカ滞在を変える!レジャーはもちろん、ビジネスにも役立つ情報の集積。国際人の責任として、海外に行く前にその国の常識を学ぼう。

海外旅行が変わる ホテルの常識

・世界最高のホテル プラザでの10年間

アメリカのホテルはなぜこんなに不愉快なのか!?「日本人利用客」VS「アメリカ人従業員」。果てしないトラブルの非は、どちらにある?敏腕マネージャーがフロント・デスクの内側からみた「日米比較文化論」。

世界最高のホテル プラザでの10年間

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