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5ツ星ラグジュアリーホテルって本当に快適ですか 2
ヨーロッパには王侯貴族の時代から連綿と受け継がれてきたライフスタイルがあり、その暗黙のルールとマナー、求められる立ち居ふるまいが、現代まで生きているのがラグジュアリーホテルという舞台。まずはそこを理解することから、快適な5ツ星ホテル滞在がはじまる、というのが前回までのおさらい。今回は、旅のお供には欠かせないバゲッジに焦点を当てて、もてなされ上手になるための心得をご紹介いたします。
上流階級と庶民、その旅じたくの違いは?
映画「タイタニック」をご覧になりましたか? 冒頭、処女航海を控えたタイタニック号に人々が乗り込んでいくシーンがありましたね。あそこに描かれているのが当時の階級制度です。ズタ袋に着のみ着のままで乗り込む「庶民」は三等客室。いわゆるクシェット式の2段ベッドの共同部屋です。彼らは一等客室に足を踏み入れることはありません。というより、できません。パニックになった時に、船員が三等客室の「外側」から鍵をかけたのを覚えていませんか。そして上流階級の面々は、優雅に日傘をさし、ステッキをついての乗船です。荷物がないわけではありませんよ。その量も尋常ではありません。ただ、自分たちが運ばないだけのことなんです。
上流階級と庶民の違いは、何よりもここにあります。自分たちは決して手に持つことも運ぶこともしない、しかし荷物を見ただけで、家柄なり財力なり、それが誰に属するものかがハッキリわかる・・・こうした需要を満たす商品を作っていたのが、ヨーロッパの高級バッグブランド。そして誰もがご存じなのがルイヴィトンでしょう。
トラベルバッグの革命児ルイヴィトン
それまで、移動用の荷物を収納していたのは、宝箱のようなドーム型のフタを載せた、重い木箱が一般的でした。しかし、1854年パリで鞄職人として独立したヴィトンは、早くも新・大航海時代の到来を見越し、フラットな上蓋と防水加工のキャンバス地を張ったトランクを考案。その機能性、耐久性は一目瞭然。大評判になります。1875年には服をそのまま収納でき、複数の引き出しの付いたワードローブトランクを発表。世界初の旅行用衣装ダンスとされるこの製品に飛びついたのが、ナポレオン3世の皇妃ユージェニー。彼女がヴィトンにオーダーメイドしたことから、世界中の王侯貴族がこれに続いたのです。とりわけヴィトンのカバンが威力を発揮したのが船旅です。軽量、防水、積み重ねOK、そして万が一の時にも沈まないので浮き輪代わりにもなるし、服が丸ごと入るクローゼットに愛人を隠して・・・などという大胆不敵な使い方もあったり、と。まあ、これがヴィトンの世界征服の序章というわけです。
その後のヴィトンの大躍進は紹介するまでもありません。ヴィトンといえば思い浮かぶ5枚の羽根鍵やモノグラムも、ヴィトンの特許なのですね。バブルでどっと海外旅行が増えた時代には、成田のターンテーブルから出てくるのが全部ヴィトンのモノグラムキーポルバンドリエールだったという都市伝説すらあるくらい。しかしながら、数々の工夫を凝らしてきたヴィトンの旅行用のバッグが、思いつかなかったアイデアが一つあります。
上流階級アイテムゆえに気がつかなかったキャスター
それはキャスター付きのバゲッジです。ヴィトンのバッグは旅行者が自分で運ぶものではなく、家来や召使が運ぶものだったんですね。古い映画でも、船から運びおろされたトランクを召使がよいしょとかついで・・・なんていうシーンがあるでしょう。上流階級にとっての旅行カバンとは、そもそもそういう品物だったのです。だから重くても使いにくくても、ご主人様は一向にお構いなし。荷物の出し入れから運搬まで全部人任せなんですから。他のヨーロッパの有名ブランドの旅行バッグも同じです。時代が下っても、せいぜい手持ちの取っ手が付く程度
そんなお金持ちのアイテムである旅行バッグに、庶民的機能性を加えたのは、社会が階級制度とは程遠いところで発展してきたアメリカとアジアでした。車で移動が基本のアメリカが作ったのは、デザインや見栄えよりも「もっと荷物が積みこめる」大型&頑丈スーツケース。だから、空港であんなふうに乱暴に扱われたって全く平気です。そしてアジアでは、それを自分で運べるようなキャリア付きへと改良。いまやヴィトンにも、キャスター付きスーツケースが登場する時代。バカンスとしての旅は、もはや特別の人たちだけのものではなくなったのです。
ヴィトンが盗まれにくい理由とは
中でも経済的「強国」のアメリカや日本の海外進出はすさまじく、どんな僻地に行っても団体客がいる、なんて揶揄されたこともありましたっけ。そうした世界のおのぼりさんが携えてくる荷物は、現金に貴金属品によそ行きの洋服がたっぷり詰め込まれているのですから、ヨコシマな気持ちがあれば宝の山じゃありませんか。一昔前まで世界各地で「盗難」「紛失」が相次いだのも無理もありません。ところが、どれほど悪事が横行しても、ほとんど被害に遭わないバゲッジがありました。それがルイヴィトンをはじめとする、高級ブランドの製品だったのです。理由はおわかりですか?
まず、こうしたバッグを持っている人々が利用するのは船、飛行機、ホテルにしろすべてハイクラス、その中でもさらなるアッパーカテゴリーです。こういうところのハンドリングやセキュリティが甘いわけありませんよね。また、もしそのセキュリティスタッフの中に不届き者が紛れ込んでいたとしたら・・・これはもう、責任者のクビだけではなく、組織そのものの存続が危うくなるほどの不祥事。絶対に起こしてはならないのです。また盗む側だって、それ相当の覚悟が必要です。たとえどんな人が持っているかはわからなくても、「超一流品には手を出すな」は、ある意味ドロボー諸氏の常識なのです。
ホテルについたらバゲッジは自分で運ばない
さて、話をラグジュアリーホテルに戻しましょう。ホテルのスタッフは、高級ブランドのバゲッジを見ると素早く持ち主をチェックします。これから常連になってくれるかもしれないVIPにソツのない対応をするためです。また一目で高級品であることがわかるため、丁寧に扱う必要もあります。旅じたくに高級カバンをチョイスするのは、たとえ本当のセレブやVIPでなくとも、空港やホテルでスタッフの注意を喚起する非常に有効な手段なのです。そしてもし、あなたがブランドバッグのオーナーなら、心得るべきことはただ一つ。ホテルのエントランスについたら、荷物はベルスタッフに任せること。絶対に自分で運んではなりません。たとえボストンタイプのものでも、キャスター付きのものであってもです。
高級ホテルでは荷物とチップを渡すのがゲストの義務
では名もなきブランドなら自分で運ぶのか・・・いいえ、それでもバゲッジは任せてください。これが、それぞれの場面でサービススタッフが配置されているラグジュアリーホテルで上客としてもてなされるための第一歩なのですから。日本人はとかく遠慮したり心配したり、もしくはチップが面倒だからと、手持ちにしたがるケースが多いのですが、5ツ星クラスのホテルでこれはご法度。そこには、荷物を運び、それを任務にしている専任スタッフがいるのです。彼らから仕事を奪ってはいけません。笑顔で荷物を渡し、しかるべくチップを渡す。それがラグジュアリーホテルを利用するゲストの「面目」であり「義務」なのであります。
かくいう私のバゲッジはというと、頑丈・安心という点で気に入り、長らくゼロハリバートンを愛用していました。最近はもっぱら、機能的なトゥーミタイプです。これは見かけはそれなりですが、お値段は驚きの・・・というなんちゃってな逸品(笑)。なにせ地球を何週もする使い方。あのゼロハリですらあっという間に傷だらけになってしまうのです。しかし、世界中旅を共にする私の大切なパートナーですから、アメリカ式の色気もエレガンスもないスーツケースは、カンベンなのですよ。いずれにしろ、ラグジュアリーホテルのエントランスをくぐったら荷物を預ける。スタッフは、そんなあなたを旅慣れした大切なゲストと判断し、ぐっと親しみのこもった笑顔を向けてくれるはずです。
低迷するオーストラリア、復活のきざしはいつ見える?
6月初頭、いくら初冬とはいえ気温がマイナスを記録するという異常な気候のオーストラリアに行ってきました。ジャケットと薄手のカーディガンしか用意のない私に、冷たい風は厳しかった・・・。いや、それ以上に、オーストラリアはもっと厳しい風にさらされているようです。2000年のオリンピックを機に上昇し続けてきたバブル?景気が、先の世界的不況でガクッガクッ、さらにインフルエンザ騒動でガクガクッと。これまで景気がよすぎた面もあるので、他都市に比べると下落の度合いは少なくてすんでいるように見えるものの、リストラが急ピッチで進んでいるのが現状です。壊滅的なのが観光産業、とりわけ日本からの観光客数の激減。ゴールドコーストなぞ愕然とするほどの閑古鳥でした。
オーストラリアは圧倒的な自然、アウトバックやグレートバリアリーフなどが間近に控えているのが最大の魅力です。しかし日本の旅行業界は長い間そこにはフォーカスせず、安直なゲートウェイ都市やケアンズやゴールドコーストを中心に、ウエディングやハネムーン向けのデスティネーションとしてアピールしてきました。確かに一時は大変な人気渡航先でした。しかしブームが去ってみれば、ショッピングも食事ももうひとつ、そして物価も高い。となれば日本人が興味を失うのも当然のこと。リピーターもあまり育っていないようですし、それが零落に拍車をかけていく・・・オーストラリアファンの私としては、実に歯がゆい状況であります。常にロングステイしたい国ナンバーワンに選ばれ、気候がよく美しい住み心地という好印象の国ですから、料理次第で全く異なった美味しさが引き出されるはずなのに。いま、オーストラリアは先が見えない長いトンネルに入ってしまったようなもの。果たして、光明はいつ見つかるのでしょうか。
ヘリテージルーム滞在はサマーシーズンに
私がシドニーで最も気に入っているホテルがここ、ウエスティン シドニーです。前身は1887年に建てられた中央郵便局。時計塔や石造りの建物は当時のものをそのまま残しています。いつもはモダンなタワーの客室に滞在するのですが、今回はアップグレードということで(不況だからかナ?)、石造りのほうの建物にあるヘリテージデラックスに通されました。モダンヨーロピアンスタイルの内装、厚いブルーガラス張りのバスルームにはレインシャワー付きのセパレートシャワーブース、そしてウエスティンが誇るヘブンリーベッドと、これらはタワーと共通。違いはヘリテージの客室はすべて大きさが異なる(何しろかつてオフィスだった建物ですから)こと、そして7mはあろうかという高い高い天井です。
そのせいか開放感は抜群。そして機能的な内装を施されていても、漂うムードはどことなくクラシックという、石造りの建物らしい空気が流れています。ただし、嗚呼、私が泊まった時は寒風吹きすさぶ冬日。エアコンの設定を30℃にしても、天井にビルトインされたエアコンからの温風は下まで届きません。寒い! この客室、おそらく夏季ならば石造りの長所が活きて、素晴らしく快適な滞在ができるに違いありません。次回こそは・・・とひとり館内レストラン「モザイク」でさみしいディナー(インフルエンザ騒動でアポイントメントがキャンセルになったのです)をとりながら、しみじみと感慨にふけったのでした。