ロココ様式は、お化粧でいえば「ナチュラルメーク」からは一番遠いところにある、厚化粧的、唯美的で装飾性に満ちた、さらには官能的なスタイルといえます。しかし、ホテルという、旅人にとっての非日常的空間、その街の市民にとっての「ハレ」の空間では、このようなスタイルがあることは自然なことのように思えます。
一方、前のページでご紹介したようにこのスタイルのオリジナルが宗教建築であったことを考えれば、なにやら不思議な、不自然な感じも受けますよね。
いずれにしてもこの様式は、本格的につくろうと思ったら相当に手間ひまがかかります。つまり工事費がかさみます。良いことがわかっていても、実現は必ずしも容易なことではないこと、頭の隅に置いてください。
それでは、世界各地のロココ様式ホテルの実例をご覧いただくことにしましょう。
メインストリートのカール・ヨハン通りに位置する5ツ星ホテル。外観がロココという建築実例は非常に少ないのですが、これはかなり貴重な「外観ロココ」といえます。メルク修道院やヴィース巡礼聖堂の屋根に共通する雰囲気を感じさせます。それまでのどの時代にもなかった不思議な曲線の組み合わせが独特です。
地下鉄6号線のクレベール駅から約40m、凱旋門の近くに位置する4ツ星ホテル。複数の弓形のぺディメント(破風、屋根型)と、その中央に設けられたロカイユ模様が高層部の表情を引き締め、優雅で豪華な雰囲気を醸し出しています。
市内中心部、マルティル広場から約200mのところに位置する4ツ星ホテル。 8階建てのファサード(通りに面する建物の正面)は、階高のある1階と、2階〜5階までの中層部、6階〜8階の上層部に分かれています。6階から8階は壁面に繊細な彫刻が施され、オムスビ型に緩やかな三角形をなし、頂部は弓形のぺディメントとなっています。不思議な曲線構成です。
ホテル ロイヤル サボイ ローザンヌ
(ローザンヌ/スイス)
鉄道駅と湖のほぼ中間付近、静かな住宅街に建つ4ツ星ホテル。尖った屋根を見て、一瞬「ゴシック様式」かと思われるかもしれませんが、外見上には尖り屋根以外のゴシック的要素はありません。中央部以外の屋根、壁面、とりわけ低層部の壁面のバロックをさらにひねったようなところにロココの匂いがします。(「典型的ロココ」というわけではありません。)
ちなみにスイスは、前ページでご紹介したドイツと並んで、修道院系建築にロココの遺産の多い土地柄です。
ニューヨーク近代美術館(MoMA)の近くに位置する歴史ある4ツ星ホテル。1927年の開業。
1〜3階とそれ以上の壁面の扱いを切り替えており、低層部分に濃厚に装飾要素を集中、エントランス上部のロカイユ模様が際立っています。
ニースの海岸通り「英国プロムナード」に面するこの街随一の5ツ星ホテル。白壁に茶色のドーム屋根が特徴で、ロカイユに似た装飾要素や変則的な曲線の組み合わせによる造形に特徴があります。内部空間も、たとえばラウンジの内装は白とゴールドのコンビで、こちらもロココです。
ソフィテル パリ アルク ドゥ トリオンフ パリ
(パリ/フランス)
エトワール凱旋門から石を投げたら届きそうな位置にある4ツ星ホテル。1階から5階までは比較的抑えた表現をし、帽子に相当する6階とその上部の屋根窓(ロフト階の窓)の扱い、およびコーナーの頂部の表現は、バロック的でも、19世紀の新古典主義的でもなく、微妙な曲線がロココ風です(ただし、「典型的なロココ」ではありません)。
グランピア・デ・レ・コルツ・カタラネス通りに位置する5ツ星ホテル。1919年の創業で客室総数は127室。ロココ様式の装飾要素であるロカイユ模様のモチーフが、上層階の際立ったアクセントとなっています。
この街最大の観光地、フレンチクオーターに位置する3ツ星ホテル。ナショナルトラスト組織から「歴史的ホテル」に指定され、劇作家テネシー・ウィリアムズや作家トルーマン・カポーティらも泊まっています。1886年に64室で開業、増築に増築を重ねて現在は597室。玄関周りの装飾にロカイユ(貝殻)模様など、典型的なロココの特徴を見せています。