— 様式が生まれる歴史的背景-1 〜産業革命を背景に、都市が美しさを競った時代〜 —
〜富が都市に集中、都市の美しさが際立った〜
19世紀、パリはその美しさを世界に誇るようになった
産業革命の進行によって工業の経営者に富が集中すると、その富は新興の中産階級の住む都市に流れ込み、やがて都市の文化が宮廷の文化に取って代わる、このような確固たる流れが生まれました。
この時代を、「美はすべて都市に注ぎ込まれたように街路に溢れた」・・・建築史家・鈴木博之はこんな風に表現しています。
フランスでは「第二帝政」の時代、あのナポレオンの甥のナポレオン三世が、セーヌ県知事であったオースマンにパリの大改造を命じます。それは、街路樹を豊かに配した都市軸としての大街路整備や、行政施設の集約、緑地や公園の効果的な配置、ガス灯、上下水道などの都市の基幹的な設備などでした。
この“大改造”の完成により、パリはヨーロッパ随一の壮麗な都市として、その美しさを世界中にアピールします。
アーツ&クラフツ運動
一方、イギリスでは、ウィリアム・モリス(1834〜1896、はじめは建築家を志す、のちにデザイナー、詩人、社会思想家、工芸運動家)が、機械化による粗悪なデザインの大量生産品が世に溢れる世相を憂えて、みずから「モリス商会」を設立します。
彼は「アーツ&クラフツ運動」を始め、芸術性の高い「作品」を「商品」として供給する仕組みを作り上げます。ステンドグラス、家具、書籍、壁紙、テキスタイルと扱う品物は多岐にわたりました。葉や茎や蔓といった植物モチーフ、鳥などの動物モチーフを中心に構成されたナチュラル志向で抑えの効いた上品なデザインは、時代を超えて支持されることになります。
このように、アールヌーボー様式は産業革命を背景として、パリを始めとする「文化を都市に表現した時代」の真っ只中、モリスの工芸運動に大いなる刺激を受けて誕生しました。
— 様式が生まれる歴史的背景-2 —
〜次々と花開く才能〜
コンピュータやインターネットの爆発的な普及による世の中の変化を、「歴史的には人類が火を使い始めたことに匹敵する」と指摘した評論家がいました。
同じように、昨日までの手工業が機械生産にとって変わられた19世紀の劇的変化の時代には、「(産業分野だけでなく)芸術の領域でも何か新しい要素を!」という“社会の要請”があっても不思議ではありません。時の流れの中からより軽快なものが望まれ、建築家自身も、より一層新たな様式の模索を行ったであろうことは想像にかたくありません。
大都会パリで美術を学んだ、ベルギーの地方出身のヴィクトル・オルタが、故国の首都ブリュッセルで建築家としてスタート。アールヌーボーの「爆発」は彼の一連の住宅作品(タッセル邸、ソルヴェイ邸)から始まります。
パリではエクトール・ギマールが(今も一部に残る)特徴的な地下鉄入り口の大胆なアイアンワーク(鋳鉄の構造物、ガラス屋根が懸かり、蔓植物や甲殻類を思わせる造形)で話題を呼び、フランス東部の古都ナンシーではガラス工芸作家エミール・ガレが食器やランプなどの作品で際立った創作活動を展開します。
アールヌーボースタイルの 壁掛け時計
【参考サイト】
ヴィクトル・オルタ:ベルギー観光局「アートと文化 アールヌーヴォー」
エミール・ガレ:エミール・ガレ美術館
さらに、ミュンヘン、グラスゴー、ウイーン、バルセロナへと広がっていったこの汎ヨーロッパ的な生物モチーフ主体の曲線的装飾様式は、都市における消費文化に直結する商店、レストラン、ホテル、カフェ、劇場などに好んで用いられ、街の表情を彩ります。
そして、アールヌーボー様式は1900年のパリ万博を支配するかたちとなります。
— アール・ヌーボー様式の実例 —
タッセル邸、ソルヴェイ邸、オルタ自邸 (ブリュッセル/ベルギー)
先に説明したヴィクトル・オルタの作品は、世界遺産に指定されているタッセル邸、ソルヴェイ邸、オルタ自邸などブリュッセル市内に今も残り、身近に接することができます。
“曲線の戯れ”と評されるほど、室内に溢れる植物モチーフの自由奔放な装飾をご覧いただけます。ひとつご注目いただきたいのは、外観は意外なほど抑え目の表現であることです。
ヴィクトル・オルタ邸(ヴィクトル・オルタ美術館)
地下鉄入り口(エクトル・ギマールデザイン/パリ/フランス)
工業素材とは思えないような有機的形態で、深みのあるグリーンの鋳鉄で組み立てられているのがこの地下鉄入り口のキャノピーや手摺り。 完全な形で残っているのが、パリ16区(高級住宅街)、フォッシュ大通りの地下鉄「ドーフィーヌ」駅。新オペラ座が南東角に控えるバスチーユ広場の「バスチーユ」駅、ユーロスターの発着する「北駅」の地下鉄入口もそうです。
パリの地下鉄入口
【参考サイト】 エクトール・ギマール フォトアーカイブ
アールヌーボーの部屋(オルセー美術館/パリ/フランス)
その他、オルセー美術館の展示室群は3層にわかれていますが、大時計を背にして、ロダンの「地獄の門」に向かって左の奥、中層のゾーンがアールヌーボーの部屋です。内部に入って家具等の展示と共にアールヌーボーを追体験できるのが魅力です。