もともとが大都会の大聖堂の建築に用いられた様式ですから、それをそのままホテルにというのは考えにくいものです。
ですからホテルへの応用例があるとすれば、ゴシック様式のデザイン上の特徴、(1) 尖頭アーチ、(2) リブヴォールト、(3) フライングバットレス等の一つまたはいくつかをモチーフとするものが「ゴシック様式」と呼ばれ、採用されているということです。
さらに、大聖堂のイメージとは相当かけ離れて、「○○風ゴシック」というように、それぞれの時代や地域によりアレンジが加わり、一見、「え!これが?」あるいは「どのへんがゴシックなの?」という印象の“亜流ゴシック”または“自称ゴシック”とでも言うべきものもあります。
インターコンチネンタル メルボルン ザ リアルト
(メルボルン/オーストラリア)
建設年代が19世紀末(1891年)ですから、もし、学生に建築史を講義する立場であるならば、これは「純正ゴシック」ではなく「クラシック・リバイバル(新古典主義建築)のうちの“ネオ・ゴシック”」に分類すべきものですが、この形式もホテルへの応用事例が非常に少ないので、ホテル建築様式解説上の貴重な資料として取り上げたいと思います。
もともとは「リアルトビル」(事務所+倉庫)として建設されたもので、半円アーチと尖頭アーチが混在しています。隣接する「ウィンフィールド・ビル」(現在はホテルに併合)も、あたかも兄弟のように同様に半円アーチと尖頭アーチの両方が採用されています。ホテル建築にゴシック様式に固有の尖頭アーチが大々的に用いられた貴重な例といえるでしょう。
ホテルのサイトによると、売りは
(1) 「過去と現在の完全なる融合」
(2)「ヴィクトリア女王治世下における商業的景観として、世界で最も優れた事例のひとつ」
(3)「様式と暖かみは唯一歳月の重みのみが紡ぎ出すことのできる質の高さ」
云々。
伝統的保存建築物としてナショナルトラストの管理下にあります。ブルーストーンの玉石舗装の施された二つの建物間の道路には、ガラス屋根が掛け渡され、天井の高い、細長い形状の巨大アトリウムとなり、あらたな魅力が付け加えられています。
場所はメルボルンの市街中心、ビジネス街や展示場+会議場にも近い位置にあります。
元は「サスーンハウス」(阿片と武器貿易で財をなした英国籍商社の社屋、1929年竣工)。“老人ジャズバンド”でも有名な上海の代表的なクラシックホテルのひとつです。外灘(バンド)の中心的な位置にあります。
12階建てのノースビルディング(北楼)と7階建てのサウスビルディング(南楼)からなる複合建築で、どの資料を見ても北楼は「シカゴ派のゴシックスタイル」となっています。
しかしながら、尖頭アーチもフライングバットレスもリブヴォールトもない・・・のです。敢えて言うなれば、垂直線を強調する北楼のシルエットが、ゴシックの大聖堂を連想させることは確かです。(東京都庁が「パリのノートルダム」のシルエットをいただいて、それを縦方向に引き伸ばしたのと似ているかもしれません。)
ホテル・ツアレーン
(バファロー/アメリカ)
1931年竣工のゴシック(リバイバル)です。ゴシックの中には、細かく分けると幾つかのスタイルがありますが、これはゴシック後期の「フランボワイヤン(燃え上がる炎をデザインモチーフとする)」様式の特徴を伝えています。
(1982年、このホテルは計104室のアパートに改装されましたので、現在はホテルとしての営業はしていません。)