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訪日ブームが変える日本人の旅
日本を訪れる外国人観光客が1000万人を突破した2013年以来、「過去最高」を次々と更新している観光国ニッポン。情報デバイスの発達により、日本滞在の楽しみ方はより広く、深く、そしてマニアックになりつつあるようです。知日家や親日家が増え、知られざる日本の魅力が世界に発信されるのは誠に素晴らしいことではあります。が、さて、それをただ喜んでいるだけでいいのでしょうか。
外国人が日本で困ること
現在、外国人が日本に来て困ることの代表的な事柄が、「英語が通じない」「英語表記が限定的」「無線LAN環境がイマイチ」といった、コミュニケーションに関する障壁の高さです。まあ、これらは時間とともに解決される課題でしょう。実は、それ以上に外国人観光客に不便と混乱をもたらしている問題があるのです。それが、日本が独自に形成してきた旅行システムによるもの。前回紹介したタイの友人一家のディープな温泉巡りの旅でも、考えさせられた出来事がありました。
友人は、タイから世界的なホテル予約サイトを通じて日本の滞在拠点を手配したそうですが、日本の温泉宿(時にはホテルもそうですが)の泊まり方は、ご存知のように「1泊2食付き1人いくら、1部屋何人まで」という独特の形式。海外のホテル予約とはちょっと異なりますよね。加えて食事の有無やチェックイン/アウトの時間、オプション、ワケあり条件などなど、いわゆる「プラン」と呼ばれるものが山のように用意されています。海外向けの予約サイトでは、現在のところここまで細かい設定はなく、せいぜい1泊朝食付きもしくはハーフボード(2食付き)という程度。ところがそれでも行き違いが起こるのです。
外国人には難しい温泉宿の予約
一例が、最近増えてきたベッドが2台置かれていて畳の間もあるという、和洋折衷の部屋。日本的に考えれば5人親子なら、和室に布団も敷けるから1部屋あれば十分ですよね。しかし日本語が読めない外国人が手配のためにチェックする予約サイトは、ホテル的な見地からの客室紹介が一般的。先の和洋折衷の部屋だと、ベッド数が基準となり「定員2名」と表示されてしまうケースがほとんどなんです。実際は布団さえ敷けばいくらでも対応できる客室なのに、限界はトリプルまで。よって4人以上での利用としては、ほぼ対応できないというのが現状です。
5人家族の友人は、当然のことながら温泉で3部屋を予約したわけですが、実際部屋に入ってみて、まあビックリ。全員が部屋で過ごせるスペースが十分にある。となると、こんなもったいない話はないですよね。そこで宿に2部屋キャンセルできないかとかけあってみたのですが、超繁忙期のゴールデンウイークということもあり、取り消しは可能だけど当日キャンセルは満額料金が発生するとのこと……。
まあ先方の言い分ごもっともということで、結局、友人はそのまま3部屋使いましたが、こういう齟齬はいろいろなところで起きているような気がします。今回も私が同行していたため「これは」と気がつき、また結末はどうあれ一応交渉することもできたのですが、外国人だけだったらわからないまま、必要以上の出費を余儀なくされてしまうゲストもいるでしょう。では宿側がそこのところを外国人客に理解できるように説明できるのかというと……ちょっと難しそうですねえ。
旅行客増加に対応できない日本のホテル
それにしてもゴールデンウイークに日本に来るというのは、大変な物入りです。友人は都心では4つ星クラスのホテルを押さえていましたが、ホテルの料金を聞くと目玉が飛び出るくらい高い! ショルダーシーズンのプライスを知っている私からすれば、信じられないような高騰ぶりです。その背景にあるのが日本のホテル客室数の問題です。
海外の大都市では客室が数千室を超えるホテルはザラにありますが、日本ではその数は知れたもの。最大が品川プリンスホテル で約3680室(世界で16位)、続いて新宿ワシントンホテルの約1630室、ホテルニューオータニの約1470室、京王プラザホテルの約1430室がトップクラス。あとはおおむね1000室前後で、ビジネスホテルや温泉宿などでは数百室から数十室、数室レベルという中・小規模が大半です。要するに、インフラはバブルからの紆余曲折をサバイブしてきた国内需要に対応する供給体制のままなんですね。これでは短期間に激増する海外からの予約に即応できるはずがありません。
顧客を確保したいホテルのジレンマ
その現れとして、東京や大阪のシティホテルでは、元来のゲストだった日本人ビジネスマンに提供する部屋が確保できずに、たいへん困った事態になりつつあるとのこと。対策として最も予約が集中する半年先をめどに料金を値上げし、外国からの大量予約をブロックしようと試みたのですが、焼け石に水。外国人の日本旅行通はあらゆるルートを使って予約をしてくる上に、ネット時代の今日ではその予約経路も複雑化し、まったく手が打てないというのです。
かといって、もっと料金を上げてしまえば、日本市場での自分たちの信頼まで失いかねません。香港や東南アジアでは、機を見てガンガン料金をつり上げたり、満室のホテルのフロントで飛び込み客がキャッシュを積んで部屋を要求したり……といったエグ~いビジネスもまあ日常風景ですが、日本にはこうした商習慣がありませんし、またできません。
こんな頭を抱えるような状況が、去年あたりから急激に発生しているのだそうです。都心ですらそうなのですから、怒涛のごとく押し寄せる海外旅行客を前にして、地方のホテルや温泉宿にも問題が波及するのは時間の問題かもしれません。 このように、外国人観光客が増えることはありがたいこととはいえ、必ず陰の部分も出てくるのです。
海外行きのフライトが取れない!?
もう一つの危惧は、日本から海外に出るというアウトバウンドのビジネスに大きな障害が出てくることでしょう。外国人が日本に来れば来るほど、飛行機の席が不足します。観光で来た人は必ず帰りますからね(笑)。つまり日本からの「帰国便」は満杯で、海外に出ようとする日本人の乗る「出発便」席がないんです。そんな急増する需要と追いつかない供給体制に加え、弱含みの円などから、航空券の値段はますます上昇傾向にあります。少子化も含め、停滞気味な海外ビジネスには厳しい時代になりそうです。
また、今は富裕層や教育レベルが高く、異文化へのリスペクトもある人たちが訪日観光客の主流ですが、マーケットの拡大とともにボトムラインも下がってきます。それがさまざまな問題につながります。前回お話しした温泉の入り方もそうですが、裾野が広がれば広がるほど、知識不足がもたらす文化的・習慣的な軋轢や、想定外の厄介な問題が増えてくるのです。まずは、日本のいちばんの美徳である治安のよさが揺らぐ可能性が高いと私は思っています。
そう、長い鎖国とも言える時代から開国へ向かった、明治維新のようなパラダイムシフトの時代がやってきたのです。異文化との軋轢に慣れていない極東の平和な島国ジパングは、押し寄せてくる大波を前にして、どう立ち向かうのか。後手に回らないように、国が主導してどれだけ的確な情報発信、啓蒙をしていけるのか……。これまでのように個人や自治体の頑張り任せでは、あまりに楽観的過ぎるような気がします。
色あせない日本のセールスポイントは?
ロンドンやパリ、イタリアのように、永遠の価値があるものが存在する国は、いつまでも色あせず、人々を魅了しています。しかし日本がそういう「資産」を育む努力を怠ったらどうなると思いますか。「大自然や人情がウリ」などとあぐらをかいていると、いつの日か必ずや飽きられますよ。そう考えると島国ハワイは偉いもんです(笑)。いくら「日本人ばっかり」と言われたって、観光国として時代を読み、マーケティングに投資をし、攻守ともに盤石の体制を築いています。ゆえに今日でも、立派にパラダイスとして生き残っているのです。
まだまだ各国の海外渡航者層は拡大していきます。5年後にはオリンピックもあります。もはや「ニッポンに都合のいい外国人ばかりが来てくれる」という幻想を捨て、現実を受け入れなくてはなりません。必ず「こんなはずではなかった」状況に直面する日が来るのです。その時こそ、新たな活路を見出す柔軟な思考力と対応力が問われます。長期、中期、短期と、相当の知力を必要とされる観光業のマーケティング。では、日本のそれは? どんな戦略で生き残りを賭けるのか……。私もその一端に携わる者として、期待と不安を合わせて見守っていきたいと思います。
ハワイ上級者におすすめ! ハイアット プレイス ワイキキビーチ
観光国として不動の人気を誇るハワイ……と先に申しましたが、ビーチウオーク開発中は方向性が見えずにヒヤヒヤしたものです。終了した今となっては、時代にドンピシャの結果オーライ(笑)。 ワイキキ周辺のホテルも目まぐるしかったマネジメント変更や改装が一段落して、個性的なブティックタイプや使い勝手のよい3~4つ星クラスのホテルがぐっと増えてきました。
私のおすすめは、マリオットの脇を走るカートライト通りに入ったところにあるハイアット プレイス ワイキキビーチです。ここも老舗ホテルをテイクオーバーした1軒ですが、2012年に全面改装が終了。モダンアイランドスタイルのスマートで落ち着きのある雰囲気になりました。あまり景観には恵まれませんが最低でも28平米、全室にシングルベッドにもなるソファが置かれているのが秀逸ではないかと。料金が朝食込みというのも気がきいています。クヒオ通りはすぐだし、静かな界隈なので、ひとり旅で気ままに過ごしたいハワイ上級者には最適な一軒と言えるでしょう。