伝説のはじまりは1898年のヴァンドーム広場から。6月1日、ここに1軒のホテルがオープンしました。手がけたのはセザール・リッツ。スイスの「ホテル王」と呼ばれた男が、自分の理想の1軒を創るべく満を持してパリに進出したのです。滞在、食事、安全性のすべてを極めかつ自宅のように過ごしてもらえる空間を。その願い通り、ゲストブックには各国ロイヤリティや政治家だけでなく、ココ・シャネル、アーネスト・ヘミングウェイ、スコット・フィツジェラルドといった時の人まで著名人の名が多数連なり、開業直後から押しも押されもせぬ一流ホテルとなったのでした。
第二次大戦時に一次ドイツ軍に接収されたものの、大破を免れた建物は戦後ホテルとして再開、1979年からはオーナーとなったエジプトの富豪モハメド・アルファイドによる大々的な改装、エスコフィエの名を冠した料理学校の併設、そして事故死した元ダイアナ王妃が最後に過ごした場所等々、さまざまなエピソードが語られ、また文学作品や映画などにも登場してきたホテル リッツ。その輝きは今日も変わることなく、世界トップクラスのラグジュアリーホテルとして君臨し続けています。
今日では当たり前となったエンスイート(専用のバスルームが付帯した客室)や各室に電話を設置したのも、ヨーロッパではこのホテルが先駆者なのだとか。まさに宮殿といった感じのまばゆいばかりの内装や、重厚な家具・調度品の数々がゲストに与えるときめきと感動は計り知れないほど。「指示を待ち、完璧にこなす」というヨーロッパ式のホスピタリティも、その格式を知るゲストにはこの上ない心地よさなのでしょう。ホテルがゲストに敬意を表するように、ゲストもホテルに敬意を表する。そんな関係がこのホテルを「自宅のように」利用するための最良の心得なのです。
世界中の人々の羨望を集めるパリの宮殿ホテルの中で、最も古い歴史を持つのがル ムーリス パリです。開業は1817年。産業革命により絶大な勢力を誇っていたイギリスの上流階級をパリで迎えるためのホテルを、というのが創業者シャルル・オーギュスタン・ムーリスの目論見でした。客室内装は1700年代のルイ王朝とナポレオン時代のもの。とりわけアントワネットが広めたといわれるネオクラシック様式のインテリアは、重厚な雰囲気ながら装飾は極めてシンプルで、カラーリングも白を基調とした上品な空間。ドレッシング用の椅子がア・ラ・レーヌになっていることなど、細かいところまで徹底的に吟味されています。
これまで何度か改装を行ってきたムーリスですが、大きな話題を呼んだのは2007年のパブリックスペースの大改装。指揮を執ったのはあのフィリップ・スタルクで、彼は1950年代から30年にわたってこのホテルに「住んでいた」サルバトーレ・ダリのスピリットを、大胆な形で注入しました。ノーマルに見せかけてあっと驚くデザインや仕掛けを採り入れた空間に、先鋭的なパリっ子が大喜びする一方、保守派は眉をしかめたとか。陰影が織りなすアヴァンギャルドなデザインに生まれ変わったエリアとノーブルでオーディナリーな客室との対比、ぜひ楽しんでみてください。
さてムーリスといえば、宿泊のみならずレストランにも注目したいところ。まるでヴェルサイユ宮殿のようなダイニング「ラ ムーリス」は創業時のままの内装。当時から舌の肥えたVIPを満足させてきた名店ですが、その名が飛躍的に高まったのは2003年のヤニック・アレ着任から。彼はたった4年でミシュラン星なしのここを3つ星へと昇格させた若きスター・シェフで、得意技は伝統的な料理と食材をヘルシーで洗煉された美しいひと皿に昇華させること。お決まりのヌーベル・キュイジーヌとは一線を画す、繊細で滋味あふれるメニューが並びます。実はこのレストランのランチは、約70ユーロという驚きの価格。パリ市内の3つ星ではあり得ない設定なのです。グランメゾンに行ってみたいけれど雰囲気や値段に怯んでしまうという人には、絶対におすすめのムーリスのランチ。大満足間違いなしです。
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