ロビーにはいつも生花が飾られ華やかなムードに
キングサイズのベッドが入っていてもゆとりを感じます
国際会議が開かれる豪華な宴会場も多数あります
1971年に建てられた当初の京王プラザホテル
草原が「プラザ」になるまで
京王プラザホテルのプールは、高層ビルに囲まれたエアポケットのような場所。滞在中に気がつかない人がいるほどの穴場です。水に浮かんで見上げると、切り取られた青空が自分のためだけに存在しているような気分になりそう。「周りはオフィスビル。みんなが働いている中でのんびり泳ぐなんて、気持ちいいですよね」とスタッフ。高層ビルが林立し、「副都心」という言葉が当たり前になった西新宿ですが、かつてはトンボが舞う広い浄水場の跡地でした。
「山手線の外側でホテル経営なんて無理だろう」という懸念をものともせず、高層の京王プラザホテルがこの地に登場したのは1971年のこと。しかも「人の集まる場所」という意味の「プラザ」を名前に冠して。それは、もしかすると既存のホテル概念への挑戦だったのかもしれません。当時、普通の人々にとって「ホテル」はまだ敷居の高い存在。滞在どころか、気軽に立ち寄るのにもちょっとした勇気がいる特別な場所でした。しかし、できたばかりのこの高級ホテルは、驚いたことに訪れる人ならだれでもにこやかな笑顔で出迎えたのです。多少ラフな服装であろうとも、興味本位であろうとも、スタッフの姿勢は変わりません。それが、どれほど人々を喜ばせたかは想像に難くないでしょう。こうして京王プラザホテルは、「格式」よりも「親しみ」で多くのファンを獲得してきたのです。
より幅広いゲストにリラックスの場を
京王プラザホテルの成功は西新宿を活性化させ、次々と高層ビルの建設が続きました。1980年には南館を増設。国際的な知名度はさらに高まり、1988年には世界的なリハビリテーション世界会議のためのメインホテルに選ばれます。この出来事は、京王プラザホテルの方向性に大きな影響を与えることになりました。「ホテルはだれもが楽しめる場所。ならばハンディキャッパーにとっても気軽に利用できる存在でもなければ」。そんな気運が自然と高まり、最終的に「ユニバーサルルーム」という形で結実することに。現在ではその総数25室。それだけでも驚異的な数字ですが、バリアフリー、補助用の手すり完備といった構造はもとより、電動式ベッドや視聴覚障害者用のコミュニケーションシステムなどの最新技術を積極的に導入。しかも利用は限定していませんので、だれでも滞在することができるのです。
稼働率は常に東京でトップクラス
もはや「ジーンズでは入れない」というホテルはまずありません。それは時代の要請でもあるでしょう。しかしホテルを日常生活の延長に位置付けてくれたのは、やはり京王プラザホテルの存在あってこそ。外資系高級ホテルが次々にオープンし、「新しいもの好き」の日本人の興味を引きつけているにもかかわらず、稼働率は常に東京でトップクラスを維持しているという京王プラザホテル。40年前に開いた新境地は、いまや「伝統」として確実に受け継がれているのです。
素晴らしい眺めが自慢のバー「ポールスター」
おいしいカクテルとともに人々を酔わせる眺望
「ブリアン」はいつも常連客で賑わっています
38年間毎月オリジナルカクテルを創ってきました
ここは「バーテンダーの名門」
本館の45階にあるバー「ポールスター」の窓はピクチャーウインドウ。どこに座っても目の前に広がる景色は、まさしく写真のような美しさ。最も夕焼けがきれいに見える時間帯は、時に空席待ちをするカップルもいるほどの人気です。そこに誇らしげに置かれているトロフィーが・・・。バーテンダーコンテストの優勝者に与えられる栄誉の品です。
ホテルバーメンズ協会が2年に1回行うバーテンダーコンテストは、業界で最も権威のあるイベント。1986年、京王プラザのバーテンダーのひとりがそのコンテストで初めて優勝して以来、過去11回の大会で6人もの優勝者を出してきました。つまり京王プラザホテルはバーテンダーの名門中の名門。なぜこのホテルの人材が優勝を勝ちとることができるのか、それには理由がありました。
「日本一」が生まれた理由
1972年から京王プラザでは「今月のおのみもの」として、毎月オリジナルカクテルを創ってきました。1981年からはテーマが設けられ、若いバーテンダーたちは自分の創るカクテルが「今月のおのみもの」に選ばれるよう切磋琢磨してきたのです。そこで磨き抜かれた技術が、バーテンダーコンテストで認められたというわけです。ホテル業界の関係者の間では、バーテンダーの話といえば京王プラザというくらい、その名声は有名。そして、その偉業にふさわしいバーが、ここにはいくつもあるのです。
重厚なムードの「ブリアン」
先の「ポールスター」と肩を並べる人気があるのが、2階にある「ブリアン」。高い天井にレンガ造りという、目を見張るような重厚な内装。雰囲気だけで人を酔わせてしまうような威厳に満ちたバーです。手がけたのは、日本に「デザイン」という言葉を定着させた、戦後を代表するプロダクトデザイナーの渡辺力氏。その「作品」を損なってはならないと、ここはオープン以来改装されていないのだそうです。「もしかすると100年後もこのままかもしれませんね」とバーテンダーの一人が誇らしげに言いました。
京王プラザホテルでは、どのバーで飲んでも「京王プラザホテルの味を」という信念のもと、1986年大会で優勝したバーテンダーの渡辺一也氏が、徹底的に後人の指導にあたっています。入社以来京王プラザホテル一筋、現在は料飲支配人として料飲セクションの屋台骨を支えている渡辺氏。2005年には「東京都知事(東京マイスター)」も受賞しました。「京王プラザのバーテンダーたちは日本一」という自負のもと、これからも傑出した人材を輩出し続けていくことでしょう。
スタンダードルームでも180センチ幅のベッドを使用
都内ホテル初の本格派韓国料理レストラン
47階にあるカラオケボックスは知る人ぞ知る遊び場
ビルの谷間に存在するオアシス「スカイプール」
懐の深いホテルであるために
改装されたという客室は、シンプルでオーソドックスな造り。個性を前面に打ち出すのが流行りの昨今では、かなりおとなしい内装ですが、実はこれこそが京王プラザホテルの真骨頂。滞在ゲストは、営業支配人の言うように「多種多様な目的をもったさなざまな」人々なのです。求められるのは誰もがリラックスし、誰もが快適に感じられる空間。大きめのベッドやアースカラーを基調とした落ち着いた色合い、軽快なデザインの家具などは、すべて「万人のくつろぎのため」に吟味されたアイテムなのです。
客室の魅力が最大に発揮されているのが大きな窓。たっぷり入る外光を感じて目覚める朝、遠く新宿を見渡す見晴らしのよい部屋。築40年とは思えない開放感のある造りは、滞在の印象をより鮮明にしてくれることでしょう。また、このホテルはユニークなことに、ゲストのアンケートをもとに徐々にアメニティを増やしているのだそうです。「綿棒やヘアクリップは、女性のお客様のリクエストを採用しました」。必要と判断したことはすかさず反映する。こんなところにも京王プラザホテルの「懐も深さ」がうかがえます。
レイトチェックインのゲストのためのお得なプランをご用意
ところで、「豪華なホテルには泊まりたいけれど入館は深夜になるし、出発も早朝。これで高いお金を払うのはもったいなくて」とあきらめてしまうこと、ありませんか? 実はそういう人こそ京王プラザホテルがおすすめ。18時以降もしくは20時以降のレイトチェックインのゲストのための、お得なプランが用意されているのです。また滞在時間が少なくても、納得できる料金設定の部屋があるのもこのホテルの特徴。これなら「ただ寝るだけでもいいけど、素敵なホテルに泊まりたい」「会社帰りに気分転換に滞在したい」というわがままかつ贅沢な願いがかなうというわけです。
「敷居を高くしない」レストラン
京王プラザホテルでは、ダイニング施設だけでも見ごたえはたっぷり。和食だけでも、しゃぶしゃぶ、すし、懐石、てんぷら、蕎麦から日本酒バーと多種多様。32軒ものレストラン&バーはどこもかしこも終日賑わい、活気に満ちています。これもまたオープン当初から一貫している「敷居を高くしない」という方針が作り上げた、偉大なる功績といえるでしょう。中でも、機会があったらぜひ足を運んでほしいのが「カラオケ47」。47階からの美しい夜景をバックにした穴場的なカラオケボックスです。こんなに素敵なシチュエーションであるにもかかわらず、人数が集まればお値段もぐっとお手頃なのも魅力です。