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アボリジニ・ローラフェスティバルと聖地の旅 2007/6/21-6/26 河合美果


伝統楽器ディジュリドゥ


聖地ローラの光


聖地ローラを照らす太陽


アボリジニの長老


女性ヒーラー


ボディペイント


ボディペイント2


アボリジニの部族衣装


アボリジニの部族衣装1


アボリジニの狩猟のダンス


聖地モスマン渓谷の大樹


壁画が描かれている巨岩


伝説と呼ばれるスピリット・ロック


伝説と呼ばれるスピリット・ロック1
ケアンズ > オーストラリア 投稿日:2007/8/19
6月21日から26日まで、オーストラリアのケアンズを拠点にして、アボリジニの伝統祭典であるローラフェスティバルと、世界遺産である聖地モスマン渓谷・伝説のロックアートを訪問する旅をした。一般的な観光では絶対に味わうことが出来ないアボリジニの精神性に触れる心豊かな旅となった。

21日。成田空港から日豪共同便を利用してのフライト。機内食があたったのか、嘔吐の繰り返しでトイレに通うこととなる。。。出すもの出したらスッキリしたけど、殆ど寝られずかなりつらい7時間だった・・・

22日。早朝5時半にケアンズ空港に到着。旅行会社からEATSの手続きは済んでいると言われていても、何も痕跡がないので気が気じゃなかったけど無事入国。イミグレーションを通過した時、『本当にケアンズに来たんだ』と我に返ったような感じがした。

6時過ぎに現地ツアーガイドさん登場。5日間何から何まで全部お世話になりっぱなし。ツアー料金として渡したお金でオーストラリア国内での滞在費は全部まかなってくれたので、私はオーストラリアドルを触ることも見ることもなく過ごした。

寝坊して慌てて迎えに来てくれたそうで、一旦ガイドさん宅へ。玄米ご飯と自家製のお漬物で朝食をいただく。ケアンズは雨。まずは、ケアンズから世界遺産のモスマン渓谷へ。到着して間もなくメディスンマン・ハロルドさんと会い、早速、私の状態とオーラを見てもらう。

「すごく強いエネルギー。」「オーラは青・オレンジ・赤」「身体はきれいで治療するところがない。あなたはヒーリングの力があるので、私のように人を癒すことができる人。」 こんな風に言ってもらえるなんて嬉しい限り。

身体の悪い所はないとは思っていたけれど、ヒーリングの仕事をしていて、いろんな反応の声をもらっても、なかなか実感できずにいたので、「大丈夫だよ」と背中を押してもらったように感じた。

彼は治療の要請を受けて、2ヶ月間カナダに行くそう。治療して抜き取った悪い部分を物質化できる人なので、ぜひともそれを見てみたいと思っていたけど、健康体の私しかいないのに無理なお願いが出来るはずもなく、水のスライム化現象は幻に終わってしまった。場合によっては、髪の毛状のものが溢れることもあるそうだ。・・・グロテスクだから見なくてよかったかもしれない(笑)

その後、念願の大樹とご対面。根元にしばし立ちすくむ。角度を変えるといろんな表情を持つ大樹。これは女性の樹なのだそうだ。まさに威厳そのもの。

全てを包み込むような懐の深さを感じた。この森はハイキングコースのようになっていて、森を一回りした後は前より元気になっていることに気付く。それだけで、森の持つ偉大なパワーを実感する。

モスマン渓谷は世界遺産にも登録されている熱帯雨林のあるディンツリー国立公園の南端にある。レインフォレストと呼ばれるにふさわしく、霧雨が私達を迎えてくれた。

散策コースの中で、昔のアボリジニ生活についての説明をしてくれた。再現されたお家、当時、主に採集された木の実、石鹸の役目を果たす草、などなど。ボディペイントに使う顔料は、石をこすり合わせて作られる。

赤は「大地」、黒は「命」、黄色は「太陽」、白は「霊性」。この4色を使い分けて、アボリジナルアートが生み出されている。色と形すべてに意味があるのだ。最近はカラフルな絵が出回っているけれど、これは白人文化の影響らしい。

この森の中にもロックアート(壁画)がある。狩猟に関係する動物達が描かれている。囲いをしていないのにかなり良い状態で保存されているのは、観光客が少ないおかげかもしれない。

約1時間の散策が終わったら、入り口のあずまやで手作り風のケーキと紅茶で一服。ここで伝統楽器のディジュリドゥ演奏をしてくれた。狩猟の様子を表現したり、生活に密着した音楽を奏でる。

スイスホルンのような形をした世界最古の木管楽器。音階はなく、倍音の響きが心地良い。一本のディジュなのに、何重もの音の共演が繰り広げられるのだ。おまけに、演奏中は一切音が途切れることはない。

鼻から吸って口から吐く循環呼吸で音を出し続ける。息が切れることなく音が鳴り響いていることだけでもすごいのに、さらにいろんな音色を表現する巧みな技にディジュの魅惑の世界へ引き込まれていった。耳だけでなく、身体全体で音を楽しむ体感型音楽で、その素晴らしい技術と音色に誰もが魅了されるに違いない。

これは、チャンスがあったらぜひ体感して欲しい!!!・・・この後、モスマン渓谷を後にして、聖地ローラへと移動。広大なサバンナを車で走り抜け聖地ローラへ。長距離のため、何度か休憩をとりながらゆっくりと移動。

最初の休憩で、ガイドの娘さんお手製のおにぎりとポテトサラダとバナナのランチをいただく。愛情いっぱいでおいしかった♪次の休憩では、ガソリンスタンドに併設されている軽食屋さんで、ベジタブル&チキンパイと紅茶をいただく。これでもかというくどい味付けのパイに外国へ来た実感が湧いてくる(笑)

ローラフェスに参加するアボリジニファミリーや、ヒッピー風の白人さん達が次から次へとやってきた。これからどんな祭典が待っているのか期待が膨らむばかりだ。ケアンズから北西320キロに位置する聖地ローラに到着。大々的なイベントなのでゲートがつくられ、ボランティアスタッフが一台ずつ車を止めてチケットチェックをしていた。

私達の前の車が予約していないかなんかで時間がかかっていたので、当日券を買おうとしていた私達はどうなるんだろう?って不安な面持ちで入場したら、ガイドさんとスタッフさんの阿吽の呼吸の合図で、なぜか何もチェックされず入場できてしまった。

二人で「えっ?いいのかな?いいのかな?」なんて、おどおどしながらも、どんどん敷地内へ進み続ける。英語力に自信がないと余計な会話を持ち込まないので、強気な行動に出やすい気がする(笑)

まずは場所を決めてテント張り。ファミリータイプのテントに寝袋で寝る。私が手伝おうとしてもアウトドア初心者の私が役立つわけもなく、ちょっと手を出しただけで、殆どガイドさんがやってくれた。

宿が出来たら、次は夕食作り。ちょうどいい穴があったので、そこをかまどにしてキッチンの出来上がり。ハンゴウでご飯を炊いて、野菜と豆のスープを作った。・・・が、私はご飯を洗っただけで、後は全部ガイドさんにおまかせ。

すっかり日は落ちて、懐中電灯を照らしながらの夕食。空はまだ雲が覆っていた。遠くからライブで盛り上がっている音楽が聞こえてくる。アボリジニの伝統とはほど遠い現代ロック調の音楽。「なぜ???」といぶかしく思いながらも、まぁ、どんなものかとりあえず行ってみようと、ライブ会場へ。

一日目は開場とテント設置がメインで本番は明日らしい。このライブは前夜祭のようだった。彼らは巷でよく見かけるようなロックバンドで、すぐに飽きるかと思ったら意外にも聞き飽きない。何よりも感動したのが彼らのスタミナ。10曲以上をMCもなく、ただひたすら歌い続ける。

最後まで声の調子が落ちることなく、アップテンポの曲を歌い続けていることに、聞いているこちらが唖然としてしまった。観衆がかなり盛り上がっていたので、もしかしたらメジャーデビューしているのかもしれない。彼らもアボリジニの血を引くアーティストだと教えてくれた。

ライブが終わって夜空を見上げてみると、さっきまで雲で覆われていた空が、一転して満天の☆・☆・☆ミルキーウェイが美しい〜♪また一つ念願が叶った瞬間を味わった。嬉しい!明日に備えて早めに就寝。

23日。寝袋の寝心地は思ったほど悪くなく、スッキリと目覚めた。昨日とは打って変わって良い天気。山肌から登る朝日が眩しい!敷地内にはキャンピングカーやテントが沢山並んでいる。ファミリーやグループが多く1000人くらいはいるかもしれない。朝食は、昨日の残りのスープとパン。ガイドさんが枯れ木を集めて来て温め直してくれた。この辺りから、期待と全然違う空気に疑問を抱く。

「なんでこんなに静かなの?もう2日目なのに、いつからダンスが始まるのだろう?」・・・朝食後にしばし歓談していたら、会場からディジュの音が響いてきた。やっと待ちに待った祭典の幕開けだ!

まずは開会式。・・・やたらと話が長い。校長先生の話より長い(笑)そんな中、ガイドさんが知り合いのアボリジニ女性の長老を見つけたので、私に紹介してくれた。彼女は籠編みの名手。のちに彼女から編み方を教わることとなるのだけれど、今は挨拶だけでこの場を離れた。

長老の次に、ヒーラー姉妹を紹介してくれた。まずは妹さんとご挨拶。彼女は、顔を見るなりハグで迎えてくれた。ハグされた途端、急に涙がこぼれてきた。嬉しいのか悲しいのかわからないけれど、ぽろぽろ涙が出てきて止まらなかった。初対面だし、えらい早口なので何を言っているのかよく聞き取れないしで、コミュニケーションには多いに問題ありなのに、とても不思議な感覚だった。

彼女にも「この子は癒しの力があるね」と言われて嬉しかった。包み込んでくれるような優しく温かいハグが心地良かった。会場では、部族ごとにダンスが披露されている。数年前の話では次から次へと踊りだすと聞いていたのだけれど、段取りがしっかり決められていて、必ず紹介や説明をした後にダンスがあるので、残念ながら気持ちが高揚することはなかった。

部族ごとのボディペイントは美しく、ダンスも素敵なのだけれど、イベントの構成がどうしても「アボリジニの伝統」から程遠いことに憤りさえ感じた。形式は日本の中で行われるイベントと大差ない。これは欧米文化の影響ですな。出店もスタッフもアボリジニ色は皆無。

200年前の白人の入植やらアボリジニの虐殺や隔離政策の話を聞いて、伝統的なアボリジニ文化は崩壊されたように感じた。ステージ裏なら写真撮影は可能というけれど、「はいポーズ」で撮られる準備万端なので自然な表情なんて向けてくれるわけがない。一つ一つの出し物は素敵だけれど、物足りなさと寂しさでなんとも言えない気持ちになっていた。

昼近くになって、昼食の準備をする間、おばあちゃんに籠編みを習うといいよと言って、ガイドさんがおばあちゃんの居る場所へ案内してくれた。アボリジニらしき女性二人と、5・6人の欧米人がせっせと草でマットや籠を編んでいたのだけれど、なんだか変な雰囲気を漂わせていた。

おばあちゃんの横に座っていたら、白人男性が受講料を請求してきた。「???なんで金とるん???」と疑問に感じながらも「お金ないから」と軽くあしらって、ただぼーっと座っていた。

お金払ってまでやるつもりないから、習わなくてもいいやと思ってたけど、おばあちゃんが材料を差し出して丁寧に教えてくれたので、傍で黙々と作業していた。無料で手取り足取り教わってる私が疎ましいのか、取り巻きの白人から冷たく痛い視線が私に向けらていることに気付く。

彼女・彼らはおばあちゃんに一生懸命話かけているのだけれど、その殆どがビジネスのこと。「なんで、おばあちゃんにそんな話するの?」と摩訶不思議だったけれど、彼らの目的はいかにお金を生み出すことに興味を持ってもらうか?のようだった。

だんだんこの空間に居ることがつらくなってきたので、早く席を立ちたかったけど、籠作りが途中だし、おばあちゃんに申し訳ないと複雑な心境で作業していたら、取り巻きから追い出し攻撃をされたため、ありがたく去ることができた。

おばあちゃんには「ちょっと友達のところへ行ってくるね。また来るから。ありがとう。」と言ったけど、またここへ戻って来ることはなかった。ちゃんと気持ちを伝えることができなかったのが心残りだった。

気分を変えて「昼食は出来たかな〜?」と、ウキウキしながらテントに戻る途中、一生懸命ダンスの練習をしている小学生から高校生くらいのアボリジニの一団と出逢う。あまりに真剣に一生懸命練習しているので、しばらく見惚れていたら、先生らしき人が「写真撮ってるのか?」と聞いてきた。

小心者の私は叱られると思ったので(会場では写真撮影禁止だから)「撮ってません!」と即答したら、「撮りたかったら撮っていいよ」と優しく答えてくれるじゃありませんかっ! 強面だからと偏見はいけないね(笑) 許可をもらえた途端に、見学場所も横から真正面に移動。 ほんまゲンキンなヤツだと自分で自分に感心する。

狩猟の様子を表現したダンスでは、獲物役と人間役がいる。カンガルーやエミューを形態模写するのだけれど、すごく特徴をとらえていて可愛いし上手い。実際には狩猟経験がなさそうなのに、ここまで上手いとアボリジニの血を感じずにはいられない。

照れを一切見せずに真剣にカンガルーになる姿がとても素敵で、リーダー的存在の子が一生懸命声を張り上げながら、ディジュを吹きながら頑張ってる姿も素敵だった。はにかむ表情とか、おちゃらけた可愛い笑顔も向けてもらえたのがすごく嬉しかった♪

この子達、どっかで見たことある顔立ちだよなぁ・・・と思ったら、モロッコ系イスラエル人の知人が浮かんできた。地理的には遠く離れていても廻り回って繋がっているようで、すごく親しみが湧いてきた。

気が付けば、テントは目と鼻の先。私の撮影姿を見ていたガイドさんから、「いい写真の撮り方してるね。」と、なんだか安心したようだった。お待ちかねのランチはカレーとサラダ。食事の支度から、テントの設置・撤収から、その他何から何まで全てガイドさんまかせ。

手伝おうとしても、「写真を撮ることに専念してください。後は私がやります。」と言ってくれる。お言葉に甘えて、私は土地のエネルギーを感じながら、目の前の出来事一つ一つを味わうことに集中させてもらった。

ランチの後、例の一団が本番のようなので会場へ移動。贔屓目で見ているためか?、他の部族の時より観衆が盛り上がっている気がした。6・7人で練習していたのに、本番は15人くらいに増えていてビックリ(笑)でも、自然と練習していた子達に目がいくのは、彼らのやる気が惹きつけるのかも。

その他の部族の写真も撮ったけど、気持ちが入っているのは練習風景の写真だけ。やっぱり私の写真は、プロセスが大切なのだと再確認した。夕食はランチの残り。カレーはやっぱり後の方がうまいね♪ 夕食後はガイドさんとゆっくりおしゃべり。

アボリジニにまつわる話をしてくれた。このガイドさんは長老達からドリームタイムストーリーを聞かせたいと言ってもらえているのに、英語力の自信のなさから聞いていないらしい。それが心残りだとつぶやいていた。『ドリームタイムストーリー。』今回の旅ではそれを聞くチャンスは訪れなかった。

今の私の英語力だと聞いても理解できないから、これも必然だろうけれど、いつかこの話を聞きたいと強く思った。今日も夜空には満天の星。周囲には車やテントがひしめき合っているのに、息苦しくならないのは聖地が持つ癒しのエネルギーのおかげかもしれない。夜中にトイレのため外に出て、夜空を見上げていたら流れ星が!

とっさのことで何も浮かばず呆然と立ちすくむ・・・ そしたら、また流れ星発見!その瞬間、口から出た言葉は「ありがとう」・・・なんだか、損した気分だった(笑)

24日。朝食はスパゲティーと温野菜。麺は4人分ぐらいある一袋全部茹でたのに、二人できれいに平らげた。おそるべし食欲だ。午前中はディジュリドゥのコンテスト。伝統音楽というより、演奏者がいろいろ工夫したものを披露していた。

例えば、ディジュで車のエンジン音を模写するとか、蚊の飛ぶ様子を表現したりとか。技術はすごいけど、あまり感動するものではなかったなぁ。もっと伝統的な音楽を肌で感じたかった。今回のフェスティバルは、白人が企画運営し、アボリジニはゲストという図式が出来ていたので、肩透かしをくらったように感じた。

ローラ・フェスティバル自体は昔からの伝統行事だし、少なくとも8年前は、もっと土臭くて段取りとは無縁のイベントだったらしい。コンテストの後は、会場での出し物がある雰囲気もなく、みなさん撤収・退場モードになっていたので、うちらも退散することに。 ・・・といっても、お片づけもガイドさんまかせ。

ローラから伝説のロックアートのある【スピリット ロック】へ移動。説明では1万3千年前のものらしい。壁画そのものもすごいけど、描かれている岩の規模にビックリした。ランチはサンドイッチ。 適当にサラダやチーズ、ハムなどをはさんで食べた。自然の中で食べるだけでもおいしさ倍増ですな♪

この後、モスマン渓谷に立ち寄り、初日には行かなかった国立公園の川に泳ぎにいくはずだったが、夕方で寒くなってきたので、足をつけるだけになってしまった。でも、とてもきれいな水と空気。マイナスイオンに満たされた空間に大満足。年間65万人訪れる観光地なのに、河の水の透明さや空気の純度を思うと、この土地の懐の大きさを感じる。

ちょっとやそっとじゃ壊されない真の自然の強さがある。「この水に浸かっているだけで、日ごろのストレスは軽減されるんじゃないかな?」と思えるくらい気持ちのよい河なので、ケアンズに行かれる人はぜひここにも立ち寄ってほしい。(ケアンズから車で1時間半くらい)

25日。朝食の後、ヤラバというアボリジニの居住地区にある博物館へ。この地域は、アボリジニの部族同士の諍いが絶えない場所だということで、悲しく危険な場所と言われたけれど、私にはそこまで苦しい空気は感じなった。アボリジニ居住地区といっても建物は現代のもの。

入植から迫害を受けたり、支配されたりして欧米文化の影響を受けていて、今では私達と同じような生活様式だ。博物館で入植当時の写真を見ることが出来た。渡豪前に私が想像していた姿はそこにあった。・・・でも、その後の悲しい歴史を物語っているので、なんとも複雑な心境だった。

良し悪しを決めることではないし、私の感情論を振りかざすつもりもないけれど、開発がもたらした大きな損失を感じずにはいられなかった。この地区には高品質のティトリーオイルを作る工場がある。 その効果は絶大で人気の高いオイルだったのに、役所の方針変更のため5年前に閉鎖されてしまっていた。

もう生産されていない希少なオイルだから、有効に使わせてもらおう。ランチの後、お土産ショップに立ち寄って、本物のオパールを見せてもらった。一つの石の中にいろんな色がちりばめられていて、この輝きは文章では説明できません!ちなみに私はオパールっていうものを、ここで初めて知りました(笑)

店内に初日に出逢ったメディスンマンが作ったディジュリドゥが飾ってあったので音を出させてもらった。2・3秒だけなら音は出せるけどすぐに息が切れてしまう。シンプルで重厚な音がする。循環呼吸できるようになりたいなー。これは売り物ではないらしい。売っていても買えませんけど(笑)

この日の夕食は、ガイドさんの自宅で娘さん特製のクリームシチュー、赤ワインとチーズで、おいしく楽しい時間を過ごした。楽しい会話は途切れることがなく、11時を過ぎた頃にガイドさんは先に就寝、結局、夜中の2時ごろまで娘さんと語り合った。今回の旅では、ガイドさんファミリーと出会えたことが、大きな宝物だと感じた。

26日。帰国は昼のフライトなので、朝から慌しく準備して空港へ。娘さんも一緒に来てくれたのが嬉しかった。チェックインを済ませて、出国カードを記入している時に、10年分の記録が刻まれている私のパスポートを娘さんに見せた。

10年前の私の写真を見ながら、「人って生き方で顔が変わるんですね。」という一言が印象に残った。査証欄にスタンプがけっこうあるので、それを見たガイドさんは「これだけあったら一財産できてるね。」とつぶやいた。 親子でも大きな視点の違いになんだか笑えた。

そして、お別れの時がやってきた。もしかしたら、ローラフェスティバルのガイドは今回が最後かもしれないと教えてくれた。おそらく2年後(隔年の開催のため)はもっと伝統からかけ離れてしまうと思う。

おそらくではなく確実に。今はまだ自然に近い状態で保たれているモスマン渓谷も、来年には政府が介入して、テーマパーク化を図るため大規模な工事が実施されるらしい。2年後は、もっと人工的な観光地となって、たくさんの人で賑わいを見せるのだろう。

エアーズロックは砂漠の神様、モスマンは森の神様として宣伝し、もっと知名度を上げていきたいらしい。なんだか、目に見える伝統は潰されつつあるような気がした。反面、目に見えない伝統が強い絆となって残っている気がした。アボリジニ・スピリットをもっと近くに感じたい。ドリームタイムストーリーに触れるまでは何もわからないように感じるのだ。

今回はきっかけを与えてくれた旅なのではなかろうか?心の中が、すごく中途半端で消化不良なままで、アボリジニに出逢う旅は続きがあるような気がしてならない。多分、近い将来、この続きがあるのだろう。

この渡航を経て、やっぱり私は出来る限り各地を飛び回り、人との出会いを重ねることに喜びを感じるのだと再確認できた。そして、かなり強引だったけれど実行することで自信がついた。 また、ひとつ脱皮して、一回り大きく成長した私がいる。

何から何まで世話になったガイドさん、ありがとう!優しい笑顔で迎え入れてくれたアボリジニのみなさん、ありがとう!悪者になってくれた白人の皆さんも、ありがとう。素晴らしい出会いをありがとうございました!
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