 都市に生まれた大聖堂は、人々の救いの場であった(イメージ) |
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そんな中で都市は、精神的な救いを求める人々が急増することになります。
ロマネスク建築が巡礼街道沿いの辺鄙な場所に修道院として広まったのと対照的に、今度は大都市の大量の住民に対して、魂の安息をもたらす聖堂が必要になったのです。当時、わずかな時間にフランス中に広まった聖母(ノートル・ダーム)信仰も、この大都市内におけるゴシックスタイルの大聖堂誕生の推進要因となりました。
文字を読めない市民に対しても図解的に教義を説くことができる「建築化された“巨大な聖書”」として、パリをはじめ、ストラスブール、シャルトル、ルーアン、ランス、アミアンなどの大聖堂が聖母マリアに献じられることになります。 |