ホテルで働いていたとき、オーバーブックと聞くと体がしびれたものだ。
「皆、来てくれ。」 マーケテイングのトップから召集がかかった。
これは今日のオーバーブックの件だな。と、皆がそれぞれの思いで上司の部屋に集まる。
「今夜は、多分、ウオークアウトがでる。皆、心してかかるように。」
「ウオークアウト」とは、アメリカのホテル用語で、ゲストを部屋に入れずに外に出すことを意味する。
私はその日にチェックインするゲストのリストを眺める。知り合いのゲストが夜にチェックインする場合には、昼のうちに、自分のクレジットカードを登録して、そのゲストの部屋をチェックインしてしまう。これで部屋を確保したことになる。 だが、まだ不十分。「ミスター○○の部屋は既にチェックイン済み。部屋番号は○○号室。」と大きく書いた紙を、フロントの黒板に貼り付けて、皆にアナウンスする。
一度チェックインしてしまうと、通常のチェックイン作業では名前が記録に出てこなくなる。 フロントスタッフが予約を見つけられなくなるので、「もうチェックイン済み」ということを知らせておかなければならないのだ。
他にも多くの日本人ゲストの名前をリストの中に見る。しかし、なにもすることはできない。そのゲストが本当にチェックインするかどうか分からない。私のカードを使ってチェックインをし、もしノーショー(予約が入っているにも係わらず、キャンセルをせずに来ないゲスト)となれば、私が一泊分を支払わなくてはならなくなる。私が守れるのは、私が個人的に頼まれて予約をしたゲストに限られる。
予約を取り続けない限り、予約件数は時間とともに減る。予約が入っているにも係わらず来ない人もいるし、明日以後のチェックアウト予定となっているゲストが、今日、チェックアウトすることもあるからだ。一日にどれくらい部屋数が減るのか、ホテルは過去の記録で知っている。それが30ならば、朝の時点で30ルーム足りない状態にしておかないと、その日は満室にすることができないという計算だ。だが、30減るはずが、ときには20しか減らないこともある。そうなると、深夜、10のウオークアウトが発生することになる。
「到着が遅くなる場合には、ホテルに電話をしておけば部屋を確保しておいてくれる。」と、ガイドブックで見たことがある。 だが、実際には、オーバーブックしている場合には無力だ。チェックインしに来たゲストを前に、電話をかけてきたゲストの部屋を守るために、「もう部屋はありません。」などと嘘をつくことなどできないからだ。「早いもの順」を守るしかないのだ。
無い部屋はどんなに文句をつけたところで出てこない。粘ったところで、時間の無駄になるだけだけだから、用意された代替のホテルに行くことが得策だ。ある程度のカテゴリーのホテルならば、大概、往復のタクシー代を払うし、翌日、戻ってきたときには特別なサービスをお詫びとしてつける。 だから、怒りのあまり、他のホテルに移ってしまうのではもったいない。 オーバーブックはどのホテルでも起こることなのだから。
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