Vol.2 死火山となったラノ・カウ
イ−スタ−島の歴史は長いが、西洋人が入りこんでからは悲しい歴史の繰り返しであったらしい。
外部文明が入りこんだことで島内は混乱を極め、度重なる内戦、病気の蔓延、侵略者による奴隷狩りの末、2000人はいた島民は一時100人程度まで激減した。イ−スタ−文明のカギを握る謎の象形文字を解読できる者は、このとき死に絶えてしまったという。
空港を出てホテル・マナバイに着いたときには、すでに夜の10時をまわっていた。ホテルの主人はラパ ヌイの血をひく草刈正雄似の男で、僕をやさしく歓迎してくれた。
久々の"島"の旅に居てもても立ってもいられなかった僕は、真夜中ではあるがちょっとその辺をぶらつきに出た。 |
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 島内の墓地は、意外なほどに美しい |
風が相当強いのだろう、道沿いには石垣が組まれ、明かりをともした家々は全て平屋建てであった。以前訪れた沖縄の西表島の風景によく似ていた。
薄暗い道を海岸目指して歩いていくと、こちらの方向になにやら向かってくる。ライトの光も無ければエンジン音もないので、車やバイクの類ではない。打ち寄せる波の音にまじって近づいてきたのは、「パカッ、パカッ、パカッ!」という馬のひずめの音だった。一瞬ひるんで石像のごとくかたまってしまった僕の傍らを、パイナップルのようなヘア−スタイルをした男を乗せた馬が疾風のごとく走り去っていった。
島では馬がフツ−に闊歩していると聞いていたが、いきなり暗闇から登場されるとビビル。しばらく呆然とパイナップルの後姿を眺めていたが、同時に何かワクワクしたものがこみ上げてきた。 |
イ−スタ−島は簡単にいえば三角形の形をしていて、そのおのおのの隅には火山がある。その一つ、南西部に位置するラノ・カウ火山から散策をスタ−トすることにした。
標高約300m、ホテルがある村から7〜8キロの距離だ。今回は島自体がそんなに大きくないし、道も単純で迷うことも少ないだろうと判断して、独りで動き回ることにした。
交通手段はいろいろあるが、レンタカ−は高いのでバツ。バイクは運転できない。馬は以前ペル−のクスコを旅したときに初めて乗ったのだが、何度も振り落とされそうになり、強烈な恐怖体験となってるので自動的にパス。ということで自転車を借りることにした。自転車といっても日本のメ−カ−のマウンテンバイクで、かなり立派なものだ。
「おおっ、この自転車なら島を1周できるかもしれない。」 と大げさに喜んで跳び乗った。天気は良好、海岸線のダ−ト道を太平洋の風を受けながら軽快に走っていく。海は「これでもか!」というぐらいに青く、大地の緑も太陽の光でまぶしいくらいに輝いている。そんな風景をしばらく見ているとまるで島の開拓者にでもなったような気分になった。 |
 パレットの絵の具のような、ラノ・カウの火口 |
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しかし、そんな幸せな時間は登りにさしかかってすぐに終了した。傾斜はさほどキツくないが10分も走っていると息があがった。 「甘かったかな・・・。」と半分後悔したがもう後戻りは出来ない。心臓はバクバクとフル回転で血液を押し出し、腿や尻の筋肉もプルプル震え、頭も半分酸欠状態でやっとこさ山頂に着いた。
自転車を停め、火口を見渡せる展望台までよじ登ると目の前に広がったのは、脳ミソがしびれるような衝撃的な光景だった。
もはや死火山となったラノ・カウの火口は、すり鉢というよりむしろタライのような地形をしており、その底の部分には無数の水たまりが広がっている。水面には、空や周りに生える植物の色が複雑に絡み合って映し出され、巨大な絵の具のパレットを造っていた。自然が作り出した完璧な芸術がそこにはあった。 |
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