
爆撃通りの建物


爆撃通りに建つ政府関連庁舎


歩行者天国 クネズ・ミハイロヴァ通り


サヴァ川とドナウ川の合流地点


要塞入り口


要塞の中も市民の憩いの場


ずらりと並ぶ戦車


石塀に腰掛けアイスクリームをペロリ


戦車と戯れる姉弟 |
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| ベオグラード > セルビア |
投稿日:2008/2/21 |
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<爆撃通り>
官公庁が集中するこの目抜き通りは、通称「爆撃通り」と呼ばれ、99年のNATO軍による空爆の跡が今も生々しく残っている。しかしながら、破壊された建物たちの姿は、綺麗に晴れ渡った空の青さや、その下を颯爽と歩く市民たちの足取りの軽やかさを、より一層強調しているように見えた。そんな街並みを、僕は物陰でカメラを取り出し恐る恐る撮影していたが、通りかかる人々はそんな東洋人観光客の姿を全く意に介さず、寧ろカメラの前を通るときにかがんでくれるなど協力的ですらある。その姿に、自分たちの街の「ありのまま」を撮るなら撮ってくれ、という自信のようなものを感じた。
この後に訪れたカレメグダン公園の土産物屋で、爆撃された建物の絵葉書が何種類も売られているのを見つけた。そこの老主人によると、この通りの建物は当時の悲劇を忘れない為に、わざと修理しないままにしているとのことだった。市内を歩いてみた限り、街は整然として清潔、水と緑に溢れ、どの商店も賑わっている。この通りを除いては、内戦と制裁の傷跡を見つけることは難しい。何より、すれ違う人々の色とりどりの服装と、一様に明るいその表情が、この国の復興を雄弁に物語っているような気がした。過去に起こった忌まわしい出来事や悲しい記憶。普通、人はそれらをできれば忘れてしまいたい、それらを思い起こさせるもの全てを葬り去ってしまいたい、と思うもの。現在も尚辛い状況であれば、その思いはなおさら強いだろう。いや寧ろ、無理矢理忘れようとするから、かえって辛くなるのかもしれない。
しかし、過去の辛い記憶と向き合い、それを深く胸に刻みつけ、その上で未来に向かって再び歩き出すなら、人はきっと強くなる。そして過去を克服できる。そうして克服した過去は「歴史」となって、未来を照らす光の役割を果たしてくれるに違いない。焼け爛れ、崩れ落ちたこの爆撃通りの建物たちは、逃げずに過去と向き合うこの町の人々の姿勢の表れであり、同時にその過去を既に克服して立ち直り、歴史に昇華させたという自信の象徴なのではないだろうか。今日もあの青い空と壊れたビルの下を、笑顔を湛えた人々が軽やかな足取りで行き交っていることだろう。
<カレメグダン公園>
歩行者天国となっている賑やかな繁華街、クネズ・ミハイロヴァ通りをまっすぐ進むとカレメグダン公園の入り口に突き当たる。おそらくベオグラードで一番の名所。ちょうどドナウ川とサヴァ川が交わる地点の高台にあり、ゆったりと流れる川の向こうに新市街を一望することができる。ここはローマ時代からの要塞跡が公園として整備された場所で、園内にある旧城郭は約2000年の歴史を持ち、ベオグラードでも最も古い地区と言われている。ローマ帝国の版図が広がっていく中で、次第にドナウ川がその北限の役割を果たすようになっていく。このドナウ川を挟んで、ローマ帝国は異民族と対峙したのだ。その為、川に沿っていくつもの要塞が築かれ、この地はやがてバルカン半島の交通・戦略上の要衝として広く古代社会に知れ渡ることになる。
その後、温暖な気候と肥沃な土地をめぐって、ここはいくつもの民族が抗争、破壊、略奪を繰り返す舞台となった。ケルト人、ローマ人に続き中世以降、スラブ人、マジャール人、トルコ人、近代に入ってからはオーストリア人。この場所をそれぞれの時代に支配していたこれらの民族が、毎回先住民の築いた城壁を破壊し、手直しして自分たちの砦に作り替えていった。その破壊と手直しの痕跡が、今も残された城壁に歴然と見て取ることができる。この都市の現在の名称「ベオグラード」は、セルボ・クロアート語で「白い都」という意味を持つが、その名付け親はトルコ人なのだそうだ。オスマン・トルコの軍勢がこの都市に初めて攻勢をかけようとしたのは、夜明け前の時刻。闇夜に紛れて川の対岸に集結し、夜が明ける瞬間を狙って一気に襲撃を仕掛ける計画だった。
やがて空が白み始めてきたが、既に秋も半ばにさしかかっていたその朝の冷え込みは厳しく、急激に下がった気温と川の水温との落差のために川面から乳白色の靄が立ち上がった。白い靄に包まれた城塞は折から射し始めた陽光を受けてキラキラと輝き、その美しさには歴戦の猛者であるトルコ兵たちも、しばし息を呑んで見惚れたと伝えられている。結局彼らは戦意を喪失し、その日の襲撃は中止になった、と。こうしてこの町は「白い都」と呼ばれるようになった。もっとも、その後ほどなくして白い都は結局トルコ軍の手に落ちてしまうのだが・・・。絶え間なく破壊を繰り返してきた都市、ベオグラード。99年3月、NATO軍の爆撃機がこの町に襲いかかったことは記憶に新しい。この時操縦士たちは、トルコ兵たちのように「白い都」に魅了されることはなかった。
今、ゆっくりとこの公園を歩きながら周りを見渡してみる。目に入ってくるのは、木漏れ日のベンチでチェスに興じる老紳士たちや、ベビーカーを押している親子連れ、石塀の上に腰かけアイスクリームを食べながら川を眺める若い女性たち・・・、と、どこにでもありそうな平和な風景。特に、園内に展示されている戦車の上で戯れる子供の無邪気な笑顔が印象的だった。長い長い破壊の歴史の上に今漸く流れる、静かで穏かな時間。この時間がこれからはずっと続くことを、心から願わずにはいられない。 |
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