「なんで私の部屋は眺めがないのですか!こんな薄暗い部屋があるなんて信じられません。これでも世界有数のホテルなのですか?」 そう苦情を受けて、私は部屋に急行した。 「大変申し訳ございません。建物の構造上、半分はこうした眺めの部屋となります。この部屋が特に低いカテゴリーの部屋というわけではないのです。」 私が勤めたプラザホテルはコの字型をしていた。コの字型の両面に部屋があるから、全体の半分は内側を向いた部屋になる。外側には、スイートとセントラルパーク側をむいたプレミアムつきの部屋があるから、それらを除くと、スタンダードクラスの部屋は、外側向きが3に対し内側向きが7にもなる。内側向きの部屋から見えるものは、他の部屋の窓と壁だけ。戦後に建てられた日本のホテルには、こうした部屋はない。日本人の常識にはない部屋なのだ。憤ってあたりまえだろう。 プラザに限ったことではない。アメリカには、1800年後期から1900年初頭の大好景気時代に、豊富な資金を投入して建てられた、いわゆる「グランドホテル」と呼ばれるホテルがある。ガイドブックなどには、伝統と格式のある一流ホテルと紹介される。こうしたホテルのほとんどが、プラザと似通った構造の建物なのだ。 グランドホテルの欠点には構造面だけではなく、老朽化もつきまとう。古くなった水道管は錆びを含んでいるから、茶色をした水を出すかもしれない。ドアのバネが弱くなっていて、しまりが悪いこともある。エアコンの音がうるさいこともある。近代建築でないホテルを選ぶ場合には、それなりの覚悟が必要だ。 しかし、それでもグランドホテルを好むアメリカ人が沢山いる。ニューヨークには100年を超える建物が多くある。プラザと同じ建築家に設計されたダコタハウスもその一つだ。ジョンレノンが暮らしたことで有名なこのアパートには、住みたくても、相当のレベルの人でなければ、住人となる資格を与えられない。アメリカ人には生まれたときから、こうした建物が周囲にある。だから、日本人にとっては悪条件となる要素も、彼らの常識の中では、悪条件にならない。 真の大理石を使ったフロアーのモザイクと柱。足が沈むような感覚のカーペット。高い天井。あちらこちらの壁に施された彫刻。巨匠が描いた本物の絵画。真のグランドホテルは建物自体が芸術作品と呼ばれるほどの贅沢品だ。 「もう20分も待っているのです。まだ、荷物が届けられません!」 こうした苦情が電話で私のところに回ってくる。時計を見ると3時。チェックインのピーク時間だから、ベルマンはオーバーワーク状態になっていて、すぐにバッグを部屋に届けることができない。部屋数が800もあるような大型ホテルでは、なににつけても、待たされることが常だ。ここに暮らすアメリカ人にとっては、それは当たり前のことだから、彼らは、荷物が届くまでに、やるべきことを用意している。 この大型ホテルは、エントランスから部屋までが100メートル。あちらの小さなホテルは20メートル。こうした距離の差がなににつけても、時間の差となり表れてくる。待つことが苦手な人は、小さなホテルを選ぶべきだ。 私がホテルを選ぶときは、上記、二つの要素を考慮する。雑誌の統計であろうと、サービスの採点は当てにしない。長く働いた経験から、アメリカのホテルのサービスの良し悪しが、一回や二回の滞在で判断できるものでないことを知っているからだ。