 |
1755年と56年の1年の間、現オーストリアで世界史に名を残す二人の男女が誕生しました。女児はハプスブルク家末娘マリー・アントワネット、そして男児はザルツブルクの宮廷楽団教師の長男ウォルフガング・アマデウス・モーツァルト。その類まれな才能と親の思惑によって翻弄された生涯を送った二人は、たった一度の邂逅に恵まれただけで、互いに全く異なる世界を生きていくことになります。 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
モーツァルトが初めての旅に出たのは、わずか6歳の時。早くから音楽の才能を見せ始めた彼は、野心に燃えた父親に連れられてミュンヘンへの演奏旅行を行ったのでした。これを皮切りにモーツァルトは終の住処となるウィーンに居を定めるまで、ドイツ24都市、オーストリア6都市、チェコ2都市、イタリア14都市、スイス3都市、フランス5都市、ベルギー5都市、オランダ6都市、イギリス2都市を移動し、その生涯の3分の1にあたる約3700日余を旅の途で過ごしました。 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
主な移動手段は馬車。現在のように国境越えに厳しい検問がなかった時代です。モーツァルトたちは馬車に生活道具を一式詰め込み、悪路に悩まされたり、税関史の嫌がらせを受けたりしながらも、基本的にはそこそこ快適な旅をしていたようです。滞在先のパリから家族につづった手紙の中で「旅をしない人は哀れな存在に過ぎません」「凡人は旅をしようとしまいと凡人でしかありませんが、優れた才能を持つ者は同じ場所にとどまると退化してしまうのです」と書き記したモーツァルト。ここからは彼の新天地で一旗あげんとする意気込みと、己が才能に対する紛れもない自負をうかがうことができるでしょう。 |
 |